11/6
 昼過ぎに自宅を出発したが、その時からすでに曇天で、今にも雨が降ってきそうな感じ。何とか御着城や姫路市内はやり過ごしたものの、赤穂市内に入る頃には雨が降り出した。とりあえず赤穂城が一つの目標だったので、赤穂城資料館で少し休むことにして、頑張って赤穂城へと向かった。しかし、資料館にどうも人影がないなと思ったら、なんと入口に休館の文字が。「マジで?」と心の中で叫びつつ、赤穂城はまた資料館が開いてる日に一緒にゆっくり見て回る事にして、仕方がないので友人宅へ急ぐことにした。
 岡山の友人宅は法界院のやや北側だが、何回も行っているのでやや北回りに通ったことのない道で行くことにした。途中屋根のあるバス停などで雨宿りしながら、友人宅へ着いたのは午後5時になろうとしている頃だった。友人宅のチャイムを押し、出てきた友人に開口一番「風呂に入らせてくれ」とのたまい、カッパと服を脱ぎ捨てて速攻で風呂に入った。やっぱり雨が降るとバイクは辛いですな。
走行距離 160.5km

11/7
 この日も天気はイマイチながら、雨は降りそうにない空模様だった。友人に対するお礼も早々に、寝坊で朝遅めに出発して一路国道180号線を北へ北上する。今日の目標は松山城と津山城だ。国道180号線は吉備神社の近くを通り、備中高松城、巨大な鳥居を持つ高松稲荷を過ぎ、高梁川沿いに西から北へ進路を変えた。この川沿いの道は、交通量はある程度あるが、信号が少なく、流れは良い。なにより川沿いの景色を眺めながらのんびり運転できる。
 そうこうしてるうちに、高梁の市街地が見えてきた。この東側の山頂に松山城があるはずだ。だが腹が減ったので、とりあえず昼飯を食べてから城に登ろうと市街地を探すが、めぼしい食べ物屋さんがない。田舎町はこんな事がしょっちゅうある。仕方なく適当なうどん屋に入って注文するが、うどん程度で腹が満足するわけがない。が、他に注文するほど財布も分厚いわけではないので、我慢して城へと向かった。城へ向かう車道は細く、最初は見つけられなかったが、市街地を2周ほどして見つけ、2速3速で急な坂を上った。中腹ぐらいに駐車場があり、そこからは徒歩で登るのだが、これが結構キツイ勾配で、なかなか距離もある。同じようにひいこら言ってる人達をかわしつつ、頂上まで登りきると、そこには備中松山城の天守が現れた。頂上の主郭部分だけだと中規模ぐらいの大きさだが、天然の岩石の上に櫓を築いていたり、落ち込むような断崖は、戦国時代の戦乱を生き抜いた城らしく壮観だった。これを当時は、全くの麓から攻めるわけだから、いまから考えると気が遠くなる。昔の人の足腰は、今とは比べ物にならないぐらい強かったんだろう。
 城を下りて郷土資料館を訪ねたが、ここには手動の電話交換機があった。今ではすべて電算処理されているが、当時は直に交換手が宛先を聞き、手動でケーブルを繋いでいた。通信に携わる人間にとって、歴史が見えたようでなんとなく興味をそそられる。
 夕方近くなってから高梁を出発し、国道を北上して北房から中国道に乗る。次は第二の目標である津山城だが、時間が迫っている。津山に着いたのは午後5時ぐらいだったが、なんと津山城は有料で、入れるのは午後5時までだった。津山城の石垣を見上げつつ、城の建物とかもないのに入場料取るのはちょっと納得いかんなと思ったが、夕闇が迫っているので又の機会に訪ねようと決め、帰路に着いた。
 結局、今回は三つの内一つしか行けなかった。もうちょっと計画通りに動けるようにならねば。
走行距離 352.8km
合計 2日間 513.3km

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