10/7
 連休を利用して友人のいる九州まで走ろうと、テストを終えて仮眠を取り、とりあえず岡山の友人宅までバイクを走らせた。ほか弁で夕食をとって明日の予定を立てていると、家から衝撃の連絡が入った。なんと九州の友人が神戸にいるらしい。どうやら一時帰ってきていたが、体調不良で九州に戻れなくなったらしい。おいおいと何回か叫んだけど、仕方が無いのでフテ寝した。次の日もなんとなくどこにも行く気がせず、友人宅でゲームをして過ごしてしまった。
走行距離 124.3km

10/9
 このままではもったいないと、この日は午前4時半に起き、とりあえず広島辺りまで走ることにした。
 国道2号線をひたすら西へ走ったが、早朝は天気が悪く、倉敷辺りから福山まで濡れ続けた。10月になると雨はなかなか厳しい。福山のローソンで暖を取りながら立ち読みし、服を乾かしつつ、福山にいる友人に風呂を貸してもらうべく電話した。しかし、何度電話しても奴は出ない。本当なら1日目は岡山ではなく福山まで来ておきたかったんだが、1週間前からずっと電話しているのに一度も捕まらなかった。恐るべき奴め。
 朝の7時前になると、服も乾いてきたので、風呂を諦めて再び出発することにした。幸い天気は回復傾向で、どんよりとはしているが雨はやんでいる。この辺り、つまり岡山県の西から広島県に入る頃になると、車の運転が荒くなっているような気がする。特にタクシー。ひょっとしたら大阪に負けないぐらいかも。
 9時ごろ広島の市街地に着いた。とりあえず朝食を適当に喫茶店のモーニングで済まし、10時ごろ広島城に行った。広島城は言うまでも無く毛利氏が築城し、福島正則が関ヶ原の合戦後に拝領、正則が川中島に移されてからは浅野家の居城となって幕末に及ぶ。忠臣蔵の播州赤穂の浅野家はここの分家で、再興を願う藩士から本家がどうやらという言葉が出るが、その本家は広島浅野家のことを指している。
 現在の広島城は、外堀は埋め立てられて道路と路面電車になっているが、内堀より内側の主郭は残っており、資料館を兼ねた復興天守が建っている。城跡の外側はすっかり市街地と化して、さすが中国地方随一の都市の感じで、この日は何かイベントがあったらしく、城跡も騒然とした雰囲気になっていた。城内をぶらぶら散策していたら広島護国神社があったので、おみくじを引いてみると大吉だった。なんかいいことがありそうな予感。
 広島城を出て、原爆ドームや原爆資料館を見ようと思ったが、修学旅行生をちらほら見かけたので敬遠し、国道54号線を北上して毛利氏の本拠地吉田を目指す。途中ドライブインで昼食を摂り、地図を頼りに城を目指した。かつて鎌倉の有力御家人大江広元の子孫だった毛利氏が吉田の地に移ってきて土着し、以降は安芸の有力国人としてこの地に根を張っていた。元就の代になって急速に力を伸ばし、中国10ヶ国の太守になった後も元就はここを本拠とし、広島に移ったのは輝元の時である。当時はそれなりに栄えていただろうが、今では閑散とした田舎になっている。しかし、旅人としてはこちらのほうがのんびり散策できて良い。
 吉田郡山城を散策すると、中国10ヶ国の本拠地であった城に相応しく、大きな規模を持っている城だと分かる。山の峻険さは一乗谷城や稲葉山城に敵わないものの、山頂を主郭として放射状に6方向に伸びる尾根に、階段状に郭を構築して隙の無い構えをしている。今でも郭だった平坦な地形が山のあちこちに残り、全山城郭化してあった名残が濃厚に残っていて、当時を想像すると素直に凄いという言葉が出てくる。尼子氏の月山富田城も名城として名高いが、それと対比して比べてみると面白いかもしれない。また、同じ山に本城と呼ばれる初期の城が残っており、ここに入部した頃の情勢と戦国期の情勢の違いをそこに見ることができる。
 郡山城には麓から中腹にかけて、山をぐるっと周れる遊歩道が整備されているが、その遊歩道沿いには元就の墓やその子隆元の墓、初代城主時親から累代の当主、そして元就の兄興元やその子幸松丸などが葬られた一族の墓などもあった。城が存在していた当時は寺があったようだが、広島に移った時に菩提寺も移設されたのだろうか、今は墓だけが残っている。毛利家は元就の代で雄飛したが、この墓を見ると、入部してから郡山城を本拠とする国人領主として、盛衰を乗り越えつつ綿々と代を重ねてきた事が感じられ、毛利氏という、戦国大名から近世大名にかけてのビッグネームというイメージからは遠く、まるで役者の下積み時代を見ているようだった。
 郡山城でついつい城の大きさに圧倒されて時間を過ごすうち、日暮れが近付いてきた。ルートを国道184号にとって岡山まで帰る。途中どっぷりと日が暮れてしまったが、この日はちょうど満月だったので、帰り道の山間からのぞくおぼろ月がとても綺麗だった。ひととき肌寒さを忘れさせてくれる。
 岡山に着いたのは午後9時半ごろだった。友人はバイトに行っているので合鍵をもらっていたが、なんとその合鍵がなくなっていた。バイクの鍵と一緒に付けていたのに、何故か合鍵だけが失われていた。立ち読みして友人が帰ってくるのを待ち、これはミステリーだと友人に必死に訴えかけたが、怪訝そうな表情をしていた。まぁ俺のミスなんやけどね。
走行距離 436.0km

10/10
 昨日430kmほど走って20時間ぐらい外にいたので、この日は帰るだけにした。
 昼過ぎに友人の家を出発し、山陽道で家路に着いた。山陽道は流れが非常に速く、バイクのポテンシャルをだいぶ引き出したが、まだまだ上はありそうだ。でもやっぱり車体が軽い分だけスピードを出すと不安定になって怖い。
走行距離 137.4km
合計 4日間(実質3日) 697.7km

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