10/12
 今回は、30回目の記念ツーリングということで、未だ行ったことのない山梨へ。来年末で高速の割引が終わってしまうかもしれないというお財布事情が裏事情ではあるんやけど。やっぱり半額というのは魅力的やわ。じゃあ1000円の時に頑張っとけよという話でもあるけどね。
 自宅を出たのは午前5時半。早朝割引の適用される午前6時西宮JCT突破を狙う。前の週に買っておいた防寒装備がなかなか機能してくれてるので、この時間でもあまり寒くない。予定通り午前5時58分に名神高速に入って、とりあえず吹田S.A.で一旦休憩した。暖かい飲み物で暖を取ろうかとも思ったけど、トイレが近くなるので自粛して出発。ぼちぼちと通勤車両が増えてメンドクサイ中、大阪市内を通過して京滋バイパス経由で滋賀へ入り、菩提寺P.A.で休憩を入れる。出発の時にバナナしか食べてないので、ここで第2回目の朝食を食べて暖かい飲み物で暖を取る。時間は7時半。陽が上がってぼちぼちと暖かくなってくるはず。
 菩提寺P.A.を出て再び名神高速を東へ。この辺りは道も空いてて前後の車も少なく気兼ねなく走れる。次は岐阜県に入って養老S.A.で休憩を取る。ちょうどおっちゃんと自分よりちょっと若い女性ライダーがいたが、みな同じような格好。防寒装備って似てくるもんやねぇ。そういえば前に養老の滝へ来たのはもう11年も前か。懐かしい。
 養老S.A.を出て木曾三川を渡り、愛知の北部をつまみ食いして中央道へ。小牧辺りで渋滞に引っ掛かるかと思ったけど、交通量は多くても渋滞はしなかった。ウネウネとうねる中央道をしばらく走って虎渓山P.A.で最後の休憩。腰痛持ちはなかなか長距離がつらい。虎渓山P.A.を出ると、中津川で高速を降りて木曾路の国道19号線に入ったが、ようやくここからがツーリングの本番やね。本番までにほぼ300km、ガソリンランプが点き始めるとは、えらい前菜や。
 最初に目指すのは妻籠城。妻籠の宿場町には2度来てて、城への入口も見付けてたが、ひとりじゃなかったので行けなかった。今回はしっかり場所も下調べして来たけど、城の入口は宿場町から結構離れてて、前回はなんでこんな道を通ったのか不思議。妻籠城は登山道からすぐやけど、本丸辺りが独特やった。円形で、しかも帯郭が周りを囲ってるってのは見たことが無い。
 妻籠城から来た道を戻って国道256号線に出ようとしたが、戻る道を間違えてあらぬ方向へ出てしまった。慌てて谷の方へ向かうと、なぜか宿場町の真ん中へ出てしまった。ここは観光地で昼間は車両通行止めやのに。ごめんなさい。
 国道19号線に戻って北へ進み、途中給油を挟みつつ、学生の頃に来た小野の滝寝覚の床の写真を撮って木曽福島を通過する。木曽福島にも行きたかったけど、福島城へはフル登山になるので諦めた。今回は道程が長いから時間が掛かる所は難しい。
 木曽福島を過ぎ、11時を過ぎたのでぼちぼちお昼を探さなあかんなと思いつつ国道19号線から国道361号線に入って山をぶち抜き、伊那市へ。ここから伊那地方の城を拾っていく。まず最初は春日城。伊那市の春日公園になってるが、ツーリングマップルじゃ細かい道がわからんので、スマホの地図を頼りに抜け道を辿っていくとあっさり着けた。公園やら会館が一帯に固まってるから分かりやすい。春日城は空堀がかなりしっかり残ってる城で、公園化されたと言っても原型を留めてて散策しやすい上に遺構もくっきりでかなり良かった。周辺に駐車場がやたらあって、うっかり最も遠い所に止めたのがちょっと失敗やったけどね。
 春日城から伊那市街まで下って行き、そのまま天竜川を越えて天竜川左岸の県道19号線へ入る。地図を見た感じでは、この道のほうが抜け道っぽくて流れが良さそうや。
 伊那市街から少し北へ行くと、福与城というのがある。この城は、藤沢頼親の城で、頼親は武田信玄の信濃攻略戦では必ず出てくる武将なのだが、事ある毎に離反して小物臭が漂う。とは言っても、この福与城で50日間も籠城したというから大したもの。まぁ当時の土豪といえば独立的で、そういう武将はいっぱい居たわけやけども。その籠城の舞台となった城は、幸いにも改変が少なく、本丸や二ノ丸、北城といった辺りは当時の状態に近いみたい。大手から本丸と二ノ丸の間に伸びる空堀もなかなか見事で、散策して満足できる城やった。空堀の土橋にトンネルが掘られてるのはご愛嬌やけど、城の整備の為の重機を入れるトンネルやったんかな。そこだけちょっと異質。
 福与城からさらに北上していくと、すぐ上ノ平城がある。もうご飯を食べるところが無さそうやなと感じながら箕輪の町を進んで行くと、宮下という交差点に出てしまい、慌てて戻って東へ進み、上ノ平城へ向かう。この城は峰筋の先端の丘陵地にあった城だが、田畑になっていたようで、史跡整備で芝生が敷かれ、ちょっとした公園みたいになっていた。遺構自体は多くないものの、爽やかな風が吹き抜ける場所で、気持ち良かった。
 この県道19号線沿いにはどうやら昼飯をサクっと食べれる店は無かったみたい。川を渡った国道153号線にはマクドナルドとかもあるみたいやけど、城が天竜川の左岸にばっかりあるからしょうがないか。諦めてコンビニでサンドイッチを腹に入れて空腹を凌ぎ、県道50号線の有賀峠越えで有賀城を目指す。
 有賀城は、諏訪湖を囲う山塊が諏訪の盆地で尽きる寸前にあり、その山塊末端の急峻さは有賀峠の道を下りてくると一目瞭然。峠から下りてすぐの交差点にアタフタしながら右に折れ、細い道を伝って江音寺へと向かう。下調べによると、この寺から城への登山道が出ているらしい。江音寺の端から出ている登山道は、有賀城の脇を通っていて、道沿いに土塁や堀切が出てくる。巨大な堀切の上にも埋もれかけた堀切と道のようなものが続いているので少し登ってみると、階段状になっていたので、まだ道が続くと思って登って行くと鉄塔に辿り着いた。どうやらこれは鉄塔保守の為の道らしくて、城とは関係ないみたいや。慌てて下りていくと、巨大な堀切の裏が城の本丸やった。山が囲う諏訪は山陰で暗くなるのが早いというのに、少し時間をロスしたな。
 有賀峠出口の豊田有賀の交差点をそのまま北東に道なりに進めば高島城に着く。高島城は諏訪一帯を治めた近世の城で、今は面影がなくなってるけど、湖に浮かぶような水城やったらしい。道の脇の児童館のところにバイクを止め、城を散策してみると、児童館で遊んでいる子供がべらぼうにたくさん居た。まるで校庭のように。水風船で遊んでたけど、あれはほんま面白かったな。子供にとって水ってのは何にでもなる遊び道具やね。
 入館時間を少し過ぎてたけど、なんとか模擬天守に入れてもらって諏訪の歴史の資料と高島の風景を見学し、夕暮れの景色の中を上原城へ。春なら6時過ぎても大丈夫やのに、秋のつるべ落としと山間の地形で太陽の店じまいが早い。行けるとしたら城はもう1つだけやけど、上原城が行けたら十分。新府城能見城は行けたら行こうと思ってたけど、宿を韮崎にしたから明日でも行ける。そう思って国道20号線を東へ向かい、上原城へ向かう道に左折して山を登っていく。しかしいくら登っても城が現れないので確認してみると、どうやら間違って1本手前の道を入ったらしい。ここに来て痛恨のミス。慌てて道を下っていくと、そこに桑原城の字が。偶然にも諏訪頼重滅亡の城を見つけた。これは寄れということやな。というこで、帰りに上原城に寄ることにして、桑原城に登った。桑原城の登山道は城の入口まで舗装されてて、整備の手が行き届いてる。本丸まで登ると夕日が差し込み、まだ明るかったけど、麓はもう街灯が点き始めてて夜にかなり近付いてた。山に囲まれた町というのは暮れるのがほんま早い。
 桑原城から今度は南西に走り、もう帰りの渋滞が始まりつつある中、諏訪大社の上社の本宮前宮にお参りする。本宮は写真に写ったが、前宮は肉眼でまだ見える程度の暗さやったのに、写真では真っ暗。とりあえず10年以上掛けて諏訪の四社を回れたからよしとするか。
 諏訪からは、中央道を使って宿を取った韮崎へ一直線。宿へはスマホの威力で迷わずに到着した。ほんま宿に行くまでが一番威力あるわ。土地勘無い場所で住所を手掛かりに彷徨ってた昔が懐かしい。2組しか服を持ってきてないので、宿の風呂で服を洗い、乾燥機で乾燥させながらゆったり今日の疲れを癒す。寄り道しながら1日掛けて未踏の山梨に入った充実感がある。明日からが楽しみや。
走行距離 523.20km

10/13
 朝、風呂に入って目を覚ましてから、ホテルのバイキングを食べようと開始時間の6時半に食堂へ行くと、もうすでに長蛇の列が。前回の瀬田のホテルではチラホラやったのに、ここは早朝からゴルフや山登りに出る人が多いみたい。金曜の夜に東京方面から乗り込んでってパターンが多いんかな。
 朝一に目指すのは新府城。歴史好きには言わずと知れた甲斐武田家最後の居城。ホテルの立地が良くて、ホテル前の道をそのまま進めば新府城に着く。新府城は戦国末期に築かれた城だけに、削平地が大きく空間が広い。大手門の土塁は武田流の築城術がよく出ててなかなか見応えがある。なかなかいい城や。本丸にある武田勝頼の廟所は武田ファンにとっては涙ものなんかもしれへんね。
 新府城を出てさらに道なりに進めば、穴山駅前の能見城に着く。ここは穴山だけに武田氏の有力一門穴山氏の築城説があるが、築城年代は確定されていない。新府城と一緒に築かれたとか、北条と徳川が争った天正壬午の乱の時ともいわれてるけど、周辺に防塁があるらしいので、新府城の惣構えの防塁にある砦っていうイメージが一番しっくりくるね。でも実際にはどうなんやろう。遺構としては、中心に施設が建てられてて藪化してる場所も多いので、見るべきところが少ないのは残念。
 能見城からは、昨日降りた須玉から中央道に入って中部横断道へ乗り継いで白根へ。白根I.C.の西には須沢城というのがある。須沢城自体は大した遺構もないみたいやけど、地図にプロットしてあったし、せっかくの山梨ということで、行くことにした。しかし、ここは下調べしないと辿り着くことは不可能ちゃうか。南アルプス街道と名前の付いた県道20号線に入るまではいいけど、そこから御勅使川を渡って果樹園に入り、やや場違いなテニスコートを過ぎると、どこへ連れて行かれるか分からんような山道になる。その道に城への案内がようやく出てくるけど、指示に従って鋭角に右折した先は途中で舗装が無くなるし。これ、道が合ってると確信持てんかったらどっかで絶対引き返してるで。
 須沢城から再び南アルプス街道に戻って白根I.C.に戻っていくが、この先はあまり市街地も無さそうやし富士山に入る前に給油しとかなあかんなと、途中のガソリンスタンドで給油していたら、ピンクレンジャーの格好をした人にカードの勧誘をされた。ツーリングなんでと断ったが、バイトか社員か知らんけど、あんな格好せなあかんなんてなかなか大変やわ。
 白根I.C.から中部横断道に戻って対面通行の高速を南へ南へ行くと、富士川で高速が途切れ、国道52号線に合流する。ぼちぼち案内表示にも静岡の文字が見え始め、かなり遠くに来たもんだという実感が湧く。更に富士川沿いを南へ進み、身延町に入って本栖みちと呼ばれる国道300号線を越えた左手の路地を入ると、本国寺という寺院がある。ここが次の目標の下山城だが、境内に入ってみても何も無い。参道の所に由緒を書いた説明板と城址碑があるだけだった。下山城は武田家臣穴山氏の居城で、穴山信君と言えば武田の一門衆でも武田家滅亡時に珍しく生き残った武将なんやけど、勝頼を裏切ったのが評判悪いのか、どうも黙殺されてる感じ。結構メジャーな武将なんやけどなぁ。
 本国寺から少し戻り、国道300号線に入ると、いよいよ富士五湖への道となる。この道には、本栖みちという愛称が付いていた。かなり攻め甲斐のある道で、タイトなコーナーとキツい登り道が続くが、2車線がずっと確保されてて走りやすい。リッターバイクの楽しみのひとつはどんな登り道もグイグイ登っていくトルクの太さやけど、この道にはもってこい。でも、登り始めてすぐ前に遅い車が出てきて、蓋をされたまま攻め切れんかった。譲ってもくれへんかったしめっちゃ残念。
 本栖みちを登り切ると、本栖湖の崖上の展望台に出でくるが、お札の富士山はこの辺からの写真を元にデザインされているらしい。この日はとても天候が良くて、秋晴れの澄み切った空が高かった。富士山にも雲が掛かってなくて、ほんま凄い綺麗な景色。富士山を見ると日本人やなぁって思うねぇ。これはDNAに書き込まれてるのかも。そんな感動の余韻の中、本栖湖のところで地図を見ると、本栖城という文字がある。だいたいの地図上の城跡は調べてきたつもりやったけど、この城は盲点やったわ。精進湖へ行きながら案内板を探したけど、道沿いに見当たらんかったし。まさかこんな所で山梨に未踏の城を増やしてしまうとは。
 本栖湖から精進湖をぐるりと回り、湖北ビューライン西湖から河口湖へ。精進湖は溶岩質丸出しの部分なんかがあってなかなか荒々しいし、西湖は木々の中の奥深い所の湖というイメージで個性がある。西湖まではレジャー施設も多くなく、割と自然が多い湖という感じやけど、河口湖まで出るといろんな施設や店があって観光で来た車も多い。きみまろの店も入口だけ確認した。また、湖畔の道はランナーが多くて、泊まりかげで走りに来てるんやろね。ジョギングやマラソンが、ものすごくブームになってるというのを感じた。中には父親が走って、母親と子供がレンタサイクルなんてパターンもあって面白い。
 河口湖から山中湖へは少し遠くて、河口湖大橋から、ガンダムに乗ってみたいと思いながら富士急ハイランドの横を通って向かうが、この道がかなり渋滞。秋の快晴の土曜は仕方ないか。山中湖は、河口湖と同じように観光地化された湖という感じやけど、河口湖が高原の避暑地というイメージに対して山中湖はもっと標高の低い近場の湖というイメージ。やたらあひるちゃんボートが並んでたのが印象的やった。
 山中湖からは、渋滞を回避して東富士五湖道路に入り、そのまま都留へ。河口湖から大月までは中央道の名前で、支線扱いなんやろうね。ぼちぼち昼も過ぎてるので昼飯を都留市街で探したいが、都留市街にちゃっちゃと食べれる店が無かった。しょうがないので都留市役所の近くまで行って谷村城の城址碑を撮り、川を渡って勝山城へ。市役所の辺りはなんかイベントがあるのか、警備員なども居て慌しかった。勝山城は散歩がてらに登るのにちょうど良いぐらいの登山道。二ノ丸への道と焔硝蔵への道が崩落してて辿れなかったのは残念やった。こればっかりはしょうがないか。
 勝山城の次に目指すのは、大月の岩殿山城。あの強烈な岩山を登るためには、体にガソリン入れとかないと到底持たない。でも店が無いので、しょうがなく都留市街のコンビニでサンドイッチを買って、駐車場でガブつく。これでコンビニサンドイッチが2日連続か。
 都留市街から中央道に戻って大月で降り、東に走って駅裏の岩殿山城へ。走りながら見ても、かなりエグい岩山や。しかも、駐車場が麓やから完全にひと山フル登山。かなり厳しそう。駐車場にバイクを止め、中腹の丸山公園で地図を貰い、気合を入れて登り始める。しかし、この山はエアーズロックばりの巨大な岩山で、よくこんな所に城を築いたなというぐらいの山。ボチボチとつづら折れの階段を登って行くが、汗が噴き出し、息も絶え絶えになり、休憩を入れずに登り切るのは不可能で、同じく途中で休んでる人も多かった。すれ違う人も多かったので、この険しい道が結構メジャーなハイクコースになっているらしい。でも、登り始めて後悔した人も多そうや。頂上の城跡から下を見下ろすと、ゆうに100m以上は滑り落ちそうな崖。滑るというよりも、途中から空中に放り出されそうな、垂直に少し足りない角度。さすがに足がすくみそう。ちなみに標高はスカイツリーと同じ634mらしい。
 岩殿山城からは、大月I.C.で中央道に入って東京へ。まさかバイクで東京に行くとは思ってなかったが、3日とも晴れるみたいなので日程に余裕が出来た。最悪、1日は予備日的なイメージで考えてたけど、八王子近辺まで足を伸ばせるなんて運が良い。でも、八王子で宿を取りたかったのに、この季節は高尾山の登山で一杯になるみたい。市内全ホテル満室にはヒビッた。ということで少し離れた昭島での予約となったので、中央道の八王子I.C.から昭島へ行って本日の行程は終了。せっかく東京まで来たので、東京のツレとろくでなしブルースの吉祥寺で飲み、酔い醒ましで井の頭池のある井の頭公園へ。よくテレビで聞く名前やけど、池の大きさは案外と小さい。でも人がめっちゃ通る。しかし1日走った後の酒はよく回った。明日も早いしすぐ寝よう。
走行距離 252.16km

10/14
 今日は、この3日で最長のロングツールになる予定なので早く出ないと、ということで6時前に起きておにぎりを食べ、6時20分には出発した。八王子城の駐車場が8時半に開くので、それまでに北条氏所縁の滝山城浄福寺城に行っておきたい。
 昭島から多摩川を拝島橋で渡って右折すると、すぐに滝山城に着く。城内は時間が早くて誰もいないし、まったりと散策できた。この城はいかにも石垣を使わない東国の城という感じで、土塁や空堀、コの字型の土橋など、特に土の造形が素晴らしく、いくらでも眺めてられそうな雰囲気やった。長い旅路を帰らんとあかん日じゃなければ半日ブラブラしても飽きなさそう。
 滝山城の次は恩方の浄福寺城を目指して進んで行くが、この辺りは全体的に東南流する川に合わせて道が造られている為か、真西に進む道が無い。直線距離で言えばそう遠くないはずやけど、最短距離を取ると右折左折を繰り返すから余分に時間が掛かる。仕方が無いので、微妙に色眼鏡で見てしまう創価大の横を通り、右左折を繰り返しながら高尾街道、陣馬街道と辿っていくと、ようやく恩方に着いた。時間は8時過ぎ。ここまで来れば東京とは言っても山際の田舎で居心地が良い。
 浄福寺城は、城名が後から付いたらしく、現地では新城となっていた。時間も予定より遅くなってるので、早く登ろうとしたが、小川沿いに登った道はすぐ山小屋で行き止まりになっていた。こういう時に限って違う道を選択してしまうのは悪い癖やな。気を取り直して墓地の裏から登ると、途中で道なのかどうなのか分からない部分なんかも合ったが、峰が細かったので迷うことも無く城跡に到着できた。頂上の周囲を散策してみたが、下調べによるとこの城は東側の峰にも結構広がってるらしい。でもそこまで散策する時間も無いので、行ける範囲だけ行って城を下りた。
 恩方から八王子霊園の横を過ぎて南へ行くと、八王子城がある。八王子城の駐車場に着いたのは8時50分で、やや時間も押してるし、バッグから杖を取り出して早々に城へ向かう。ここは普通の登山者も多いところで、まだまだ登山者は少ない時間ではあったんやけど、人を追い越す事も何度かあり、城で朝食を摂ってる人なんかも居て、少々賑やかな感じ。普段は視界に自分ただひとりというような城へ登る事が多いので、人が多いとなんだか慣れない。
 八王子城で回れる範囲は、城全体の規模から言えばかなり小さいらしい。確かに見た範囲では、滝山城の規模から考えると後から築城したにしては山城部分が小さいと思ったが、城全体で防衛するよう南斜面にも石垣があったようで、全体を見て回ろうと思えば1日仕事になるやろね。しかも登山道以外は人の手もあまり入っていないので、道無き道を進むことにもなるんやろうな。さすがにそれはキツいか。それでも登山道だけで、麓で缶ジュースを一気飲みするぐらいは汗をかいたけど。ちなみに、居館地区も整備工事中だったのでスルーした。
 八王子城からは、八王子I.C.も高尾山I.C.も遠いので少し戻って八王子西から圏央道、そして中央道で山梨へ。八王子城出発予定を10時にしてたけど、圏央道に入ったのが9時55分なら上出来や。東京滞在時間は睡眠含め18時間。都会嫌いの俺らしいヒットアンドアウェイやな。
 次は、昨日通った大月を過ぎて甲府盆地の一宮御坂まで中央道を使い、インターから少し迷いつつ、スマフォを頼りにほど近い小山城へ。本栖城が無ければ小山城や須沢城といったマイナーな城も含めて地図プロットの城は制覇できたのになぁ。小山城の周りもそうやったけど、この辺りは丘陵地で果樹園が多い。さすが果物が名産の山梨や。
 小山城からは県道22号線を道なりに進んでそのまま甲府市街へ向かう。そろそろお昼の時間やけど、予定よりちょい押しか。甲府の市街地で通り道にササっと食べれる店があればいいんやけどな。そう思いながら走っていると、そのまま甲府城に着いてしまった。これはもしや3連チャンのコンビニコースか。
 甲府城には観光客の人が割と多かった。甲府の観光スポットやもんな。城の散策はボランティアの解説員に捕まらないように歩く。地元にしか伝わってないような有意義な話も聞けることがあるんやけど、8割以上は知ってる話ということが多くて、総じて長くなりがちやから、時間の無い今日は無しの方向で。
 甲府城からの眺めを満喫して次に向かうのは武田神社こと躑躅ヶ崎館。言わずと知れた甲斐武田3代の居城。そういえばこの神社の境内から馬の骨が出土して、当時の馬の標準体格がはっきり分かったっていうニュースが昔あったな。でも武田神社はもう甲府の郊外で、次の要害山城はもっと山側になるからご飯にありつけそうに無い。仕方が無いので武田神社へ向かう道すがら、3日連続のコンビニサンドイッチとなった。しかも3日連続セブンイレブン。なんか因縁があるんかな。
 武田神社は、堀の前の駐車場が一杯になるほど観光客が居た。多分甲府で1番の観光スポットなんやろね。車が止まってる隙間にバイクを止めるスペースを見つけて止まると、後ろに見知らぬバイクが。ちょっと詰めてくれ的な感じでうざい。けっこうキツキツやのに。武田神社に参拝し、神社の宝物殿で孫子の旗を見て、東門へ行くと、こちらには観光客が誰一人おらん。ここは躑躅ヶ崎館時代の大手門で、発掘された遺物を元に土塁なんかが復元されてて、一番城跡としての雰囲気があった。
 次は神社の脇を抜けて山側へ入って行き、要害山城へ行く。ここは躑躅ヶ崎館の詰城で、武田信玄もここで産まれたという説がある。要害温泉のところにバイクを止めて登山道へ向かうと、登山の後は温泉いかが、みたいな看板があって、疲れた体には恐ろしく魅力を感じた。下りてきたらもっとヤバいんやろなと思いながら、多くの桝形や門跡を満喫して下りてくると、さっきよりも強い魔力的な魅力を放つ看板になっていた。まだまだここから500kmぐらい走って帰らなあかんので断念したけど、宿が近かったら入ってたし、1日掛けて要害山を散策して風呂に入ってクタっとするのも凄い魅力的なプランや。
 予定では要害山城で山梨を終えて、そのまま高速で帰宅するつもりやったけど、初日に上原城に行ってないから、拾って行かねば。要害山から甲府市街に戻って県道6号線を西進し、給油を挟んで双葉S.A.のスマートI.C.から中央道へ。長野県に戻って諏訪I.C.で下りると、バイクがたくさん並んでた。これは多分ビーナスラインの帰りやろね。ビーナスラインは1回行ってみたいけど、これだけバイクが多いなら、行くとしたら平日やな。
 今度は間違えず板垣平の居館跡と上原城を巡って諏訪I.C.に戻り、最後のロングドライブに入る。諏訪湖S.A.でお土産を買い込もうと、何気に後ろ向きで駐輪場にバイクを止めたが、降りて見てみると屋根の支柱まであと1cmぐらいのところで止まってた。危うくカウルを割るところやった。
 諏訪湖からはひたすら中央道を南下していくのだが、飯田までがなかなか遠い。走れども走れども飯田の文字が出て来ない。やっぱり長野をなめちゃいかん。長いわ。飯田を過ぎてロングな恵那山トンネルをくぐり、ずんずん進んでいくと、土岐JCT手前で渋滞に引っ掛かった。中京圏へ帰る人の為の渋滞やね。この後、勝手にマスツーリングの後ろに一員のように張り付きながら小牧の渋滞を越え、尾張一宮のP.A.までノンストップで走った。流石に背中が張ってくるが、ここまで来れば後は何度も走った道で慣れたもの。その後は、ちょうどご飯時というのもあって多賀S.A.でやたら沢山の人が休憩している中、給油だけを済ませて2日前に通ったルートを走り続け、渋滞の表示はあっても幸いにして過ぎる頃には解消されてて捕まらず、そのまま休憩無しで9時半に帰宅することができた。600kmオーバーはツーリング史上最長。いや〜、今回はよく走ったわ。
走行距離 628.32km
合計 3日間 1403.68km

No.30
No.29 No.31