今回は、参号機FZR250でのツーリングデビュー戦だ。3月から家の周りをちょこちょこと乗って感覚を掴んできた。
 5月3日早朝、明石フェリーの乗り場に向かう。ゴールデンウィークである為、車は乗り場から国道28号線にはみ出て、なお500m程の長蛇の列を作っている。最後尾に警備員の人が居て、バイクの人は直接行ってくださいとのことだったので、車の列を尻目にフェリー乗り場で待機すること10分、車の隙間に押し込められるようにフェリーに乗り込んだ。
 明石海峡を渡る所要時間は20分ほど。建設中の明石海峡大橋の橋脚を見ながら、海風に煽られてぼーとしていると、すぐに淡路島に着いた。岩屋のフェリー乗り場から道は東西に分かれ、東は国道28号線、西はサンセットロードと呼ばれる県道31号がそれぞれ海岸線に沿って走っている。今回はルートを西に取り、反時計回りで島を一周することにした。
 震災から日が経っていないせいか、震源地に近い島の西側は地震の傷跡が生々しい。特に一宮町と北淡町では、基礎だけが残って建物が無い住宅や、生田神社のように社殿が崩壊して横の付随する建物だけがロープで支えられている神社などがあり、道路も断層が走った跡と見られる50cm程の段差があって、そのすぐ横の公園は断層を境に南側が崩壊していた。建設中の住宅もちらほら見かけたが、これらがすべて復興するにはかなりの時間がかかるだろう。震源地だった野島の近くは、鍾乳洞や展望台など、観光地が軒並みあちこち崩れていたり閉鎖されてたりして全滅だった。改めて地震の恐ろしさと破壊力を思う。
 西の海岸線をひた走り、大鳴門橋の根元にある大鳴門橋記念館に入った。ここは、南淡の青年自然の家に4年前の最初の合宿できた時、近くを通っただけなので一度入ってみたいと思っていた。じっくりと記念館を見てから、4年前の足跡をたどりながらぶらぶらしてみたが、若人の広場や閉鎖されたようなリゾートホテルなど、ほとんど景色が変わってなかった。田舎は時間の流れが遅いのか、ある種の感動を覚える。
 淡路島最南端を東西に走る県道76号は、舗装もアスファルトやらコンクリートやらでガードレールも所々なく、整備されていない感じだが、景色は抜群にいい。南の水平線を見ながら直線を爽快に走れる。ただし、景色に見とれて運転を誤ると、ガードレールの隙間から海にダイブする危険性はあるけど。
 この道を東のほうまで走ると、探偵ナイトスクープの一番最初のパラダイスとして紹介されたところがある。名前は忘れたけど、入口にでっかく探偵ナイトスクープで有名なという冠が付けてあるから一目瞭然で、結構バイクや自転車が止めてあった。ここまで派手に出してるとは商魂たくましい。なかなかやる。
 島の南東端から東岸を北上すると洲本市に入るが、洲本温泉のすぐ近くには洲本城の上の城こと三熊山城がある。この小高い山の上にある城は、戦国時代から江戸時代初期までの城だ。一方、江戸時代を通じて淡路を領土としていた徳島蜂須賀藩の城代稲田氏が統治拠点としたのは、三熊山麓にある下の城と呼ばれる洲本城だった。つまり、同じ洲本城でも全く別の2つの城がある。今回訪れたのは、もちろんというかなんというか、豪壮な石垣がある山上の城のほうで、こちらにはやはり戦国時代の名残が色濃く残っている。また、そこからの眺めは絶品で、麓の洲本市街を一望できるほか、大阪湾を挟んだ南港や泉州まで視界に収めることができた。
 洲本を出た後、国道28号線をひたすら北へ。この道は基本的には旧道で狭いが、所々拡張されてあって走りやすい。途中おのころアイランドと松帆神社で休憩を入れ、夕闇が刻々と迫る中、更に北上して岩屋を目指した。岩屋のフェリー乗り場に着いたのは午後7時前。帰りのフェリーはそれほど混んでなく、悠々と帰路につくことができた。今度来る時は明石海峡大橋が完成した後か。今回まわれなかったり、地震で閉鎖していたところもじっくりとまわりたい。
合計 1日間 236.2km

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