10/21
 今回は、2日の休みで出雲まで回る為に、仕事終わりでそのまま突撃して岡山まで進んでおく。そして丸2日使って新見から出雲を回って帰る予定。目標は、写真の無い岡山城の撮影と三沢城、2001年に行けなかった神西城と鳶ヶ巣城の攻略。しかし、事前の予報では土曜の天気が危ない。想定ルートでは、新見を過ぎると出雲の辺りまで街らしい街が無く、サクッと予約の取れる宿が無いみたい。散々悩んだ末、雨の山越え強行軍になる可能性と自分の年齢及び体力及び気力及び帰って来た後の体調を考え、大事を取って新見で宿の予約を取った。ん〜もう若くないねぇ。
 仕事から帰宅し、午後7時半頃に出発。交通量の少なくなった第二神明を西へ進み各バイパスを辿って行く。快調やなと思った矢先、姫路バイパスを過ぎた辺りでガソリンランプが。もっと残ってると思ってたけど意外と少なかったらしい。
 山陽道竜野I.C.のガススタで給油し、山陽道を西へと走る。何となく最短距離で走ろうと思ったので、備前I.C.で下りて国道2号線へ進むと、やがて道はJRと並走するようになる。この辺りに三石城があるはずやなと思いながら備前片上駅を過ぎると、今度は新幹線も並走するようになる。大動脈が3本も集中する狭隘な場所だが、視界はそんなに狭苦しくない。
 今度、日帰りツーリングで来る時の下見がてら、刀の産地備前長船と砥石城の辺りをふらっと走るかと思って国道2号線から離れ、南へ進んでみると雨が激しくなった。時折パラパラはしてたが、南に進んで行くと、かなり激しい。なんとか長船駅まで進んでみたが、これ以上南へ行くと濡れ続けることになりそうなので、駅のロータリーでUターンして再び国道2号線に戻った。
 懐かしい吉井川を越え、浅川の交差点から国道250号線に入ればほぼホテルまで一直線。雨も止んだし、後は新しく導入したスマホのナビに任せればOK。スマホ台を自作した甲斐があるってもんや。しかし、それでも少し迷った。一方通行が多いから、角をひとつ曲がり損なうととんでもなく遠回りになってしまう。
走行距離 128.64km

10/22
 朝、ホテルのバイキングでたらふくご飯を腹に詰め込んで、岡山城へと出発。岡山市街は曇天ながら雨はまだ落ちてきていない。
 取りあえず写真を撮りたかった岡山城に直行し、写真を撮って天守閣へ。ちょうど宇喜多氏に関する企画展をやっていて、興味深く見学できた。
 企画展もあって岡山城で長居をして出てくると、あまり天気が優れない。まあ今日はそれは覚悟済みなんで時間に余裕があるし、雨宿りを兼ねて市電に乗ってみた。今まで岡山、富山、高知、長崎と市電のある街を走ってきたが、実際に市電に乗るのは初めて。なかなか昭和的情緒があって良いもんやね。
 天気の回復を待って、岡山城の南の県道21号線を西へ走る。この道はJRの南側のメイン道路なのか、新しい道で交通量が多い。適当なところでJR線を北に渡ろうとJR沿いの道を走ったが、この辺りは踏み切りがなく高架かトンネルの立体交差しかないみたい。結局、元の道に戻ってから立体交差で越えることになった。JR線を越えて大きそうな道を左に折れると新幹線の高架下に出て渋滞。なかなか遅々として距離が稼げない。取りあえず国道180号線に出ておきたいので、吉備の中山の東麓を北上していく。しかし、これなら庭瀬まで走ってから北上したほうが早かったか。
 久しぶりの吉備津神社で休憩を入れてから、再び西へ走り、総社I.C.手前で国道429号線に入って冠山城へ。国道429号線に入った頃には雨がポツポツと落ちてきていたが、なかなかどす黒い雲も出てきて、先行きは相当危うい感じ。なにより午後4時というのが信じられないぐらい薄暗い。
 冠山城は、あの有名な秀吉による水攻めに遭った備中高松城の攻防に先駆けて落城した城で、毛利側から境目七城と呼ばれた城のひとつ。山は里山といった程度の低い小山で、到底防御力は見込めないんやけど、織田宇喜多連合軍3万に囲まれた城方の3千6百は果敢にも抗戦して、城主林重真を始め主だった将は城を枕に討死した。なんとも凄まじい。よくこんな小城に籠ろうと思ったもんや。籠った時点で討死を覚悟してたんやろね。しかし、鬱蒼とした山の中は、曇天で相当薄暗いのも相まって、ろくに散策できんぐらい暗かった。
 冠山城を出て国道429号線を南へ戻り岡山道で有漢常山城を目指す。雨はなんとか止んでいるものの、目指す北の方向にはなんともどす黒い雲が。あの中に突入しないと今夜の宿には辿り着けないというのが辛いところや。
 なんとか持てばいいんやけどと思いつつ、総社I.C.から岡山道の本線へ入るところでやたらデカい雨粒が落ちてきた。これはカッパを着な無理やなと思って慌てて合流部分の路肩に止めようとしている間に、完全に夕立ち状態に。カッパを取り出す暇も無く、ずぶ濡れになりながら取りあえずタンクバックとシートバックにカバーを被せ、自分は路肩の木の陰へ避難した。しかし、雨は一向に止む気配を見せない。30分ほど雨宿りした後、小降りになった隙を突いてカッパを取り出し、上だけ装着して出発した。
 北へ走ると雨がまた強くなってくる。どうやら雨雲を追いかける形になっているらしい。西の方は空が明るく、山ひとつ向こうの谷筋なら降ってないかもしれないという具合でなんとも惜しいが、こればっかりはしょうがない。しかし、これだけ本格的に降られるのはいつ以来やろう。カッパ着用となると7年前の高知以来か。かなり長い間、カッパは封印できてたのにな。とは言っても今回は上しか着てないけど。下を着ないのは面倒くさいのと諦めと、変な意地やな。
 岡山道北上中は雨がずっと降り続けて、まるで修行のように耐え続けた。こんなに耐えたのも熊本以来で懐かしいっちゃ懐かしいが、あまり思い出したくはないものでもある。賀陽を越えたところでようやく雨が小降りになり、有漢I.C.で下りる頃にはようやく止んだ。時間は短かったんやけど、集中度合いは今までで最高やったかもしれん。おかげでジーンズが前半分だけ濡れて色違いというオモロイ状況になってもた。
 有漢常山城は、石の風車が建ち並ぶ常山公園の一角にあるが、駐車場から見て模擬天守の向こう側にあるので、詳しく知らない人は模擬天守に行って勘違いして帰りそう。着いた時間が遅かったので、売店も閉まっており、模擬天守にも入れなかった。ちなみに、本物の常山城も本丸がかなり藪ってて、土塁っぽいものは確認できたけど、本丸は散策できなかった。
 一応今日の目的を達したし、あとは新見に向かって走るだけ。大分空も明るくなってきたし、あんな集中豪雨はもう無さそう。有漢から再び岡山道に入って北房JCTから中国道へ辿って行くと、時折、雨はパラついたものの、あの雨に比べればって感じで大した事はない。ただ、濡れたジーンズが風に当たって熱を奪うから寒かった。しかし、この辺りの中国道はコーナーが高速にしてはタイトで、60km/h制限なんやね。なるほど長距離トラックも少ないわけやわ。
 新見I.C.で下りてからナビをセットし、その支持に従って進むとホテルに一発で着いた。ツーリングマップルは市街地が小さすぎて使い物にならず、今まで何度となく宿を目前にして迷ってきたが、スマホ大活躍やね。
 ホテル脇の駐車場にバイクを止めようとしたが、傾斜しててなかなか安定して止めにくい。四苦八苦しつつ安定する方向を探して止め、チェックインすると、ホテル裏手に屋根付きの駐車場があるとのこと。先に聞けば良かった。
 晩飯をどうするかとフロントでコンビニの場所を聞くと、数km先にしかないとのこと。取りあえず新見駅まで歩いたら何かあるかと、ホテル近くに新装開店した焼肉屋の煌々とした明かりをあえてスルーして駅まで歩いてみたものの、何も無かったので、ホテルに一番近いし、新装開店やし、これは運命やなと焼肉をかっ食らった。ひとり焼肉は大館以来か。普通ならひとり焼肉はかなり抵抗あるが、2度目やし、ツーリングなら開き直れる。開き直ってしまえばこっちのもの。バンバン注文してたらふく食ったった。
走行距離 109.44km

10/23
 今日は出雲経由で帰るから、相当距離を走らないとアカン。というわけで、6時に起床して6時半に出発した。
 最初に向かったのはホテルの少し東にある新見陣屋。江戸時代にこの新見を首府としていた新見藩の陣屋で、今は小学校と高校の敷地になっている。しかし、跡地が学校の敷地になってるのは、散策するのに非常に気を使う。市役所とかの行政庁舎とかならなんともないんやけど、学校の場合は不審者に間違われないように職員室で許可貰ったり色々と面倒くさい。時勢が時勢だけにしょうがないんやけど。
 新見陣屋から、今度は反対の西へと向かう。高速近くのコンビニに寄っておにぎりと豚汁という恒例の朝飯を食べたが、ここが昨日フロントの人が言っていたコンビニやろね。確かに徒歩で来れないくらい遠い。しかし、新見はコンビニが少ないのか、朝の7時やと言うのに駐車場が満杯で駐車枠に止まりきれていない。サッカーや野球に行く子供と親、土方系の仕事の人なんかがひっきりなしに来る。それともうひとつ驚いたのが、コンビニ近くから出ていた高速バス。なんと大阪行き。ここから大阪まで買い物とかに行くんやろか。めっちゃ遠出やね。
 腹ごしらえが済んだので、国道180号線を北へ進み、国道182号線との分岐となる交差点を右に折れて楪城へ。この分岐の辺りから霧雨のような雨が降り出した。今回のツーリングは雨とずっとお付き合いやね。
 楪城は、国道沿いに城跡への案内が出ていて、迷わなかった。でも、最後の細い道が苔に覆われていて、霧雨という条件もあり、ちょっと滑りそうで怖かった。超が付くほどの徐行で切り抜けたけど。城への登山道は舗装整備されていて、広い駐車場も用意されてたし、なかなか地元の方の愛情を感じる城やね。本丸の下段には桜が植えられてたし、春は地元の人達が城で宴会してそう。俺ら城好きは、こうやって愛着を持って日々整備してくれる地元の方に感謝せなアカン。ほんま感謝感謝。
 城で特徴的だったのは本丸とニノ丸を結ぶ帯郭で、幅10m長さ100mほどの大きなもの。馬場という役割でこれぐらいの大きさの郭は時々見るけど、帯郭でこんなに幅があるのは珍しい。と言うか、櫓の跡もあるし、明らかに一般的な帯郭の役割とは違うわな。しかし、こういう特徴的な縄張を見れたのは良かった。ずっと霧雨が降ってて、トイレでしばらく雨宿りもしたけど、水滴がキレイに付いたクモの巣とかもあって、雨に濡れる古城も趣がある。
 楪城を出て国道を戻り、新見I.C.から中国道東城I.C.まで走る。雨の時は高速の方が安全や。でも、新見から山をひとつ越えたらピタっと雨が止んだし、路面も乾いてくる始末。新見だけやったんかいな。山間は山ひとつ越えたらガラっと天候が変わるからびっくりするわ。
 東城I.C.を下りて予定通り国道314号線で三沢を経由し、出雲へ抜けようと思った矢先、国道沿いに五品嶽城の案内を発見。ここに寄ってしまうと後々時間が厳しいんやけど、バンと自己主張するように案内が出てきたのは寄れと言うことか。仕方が無い。覚悟を決めて寄っていこう。
 五品嶽城は、大富山城の西城に対して東城と呼ばれた城で、ここの地名の由来の城。登山道も分かりやすいし、大手口には草に埋もれた石垣もあったし、江戸時代初頭まで城があったから郭も大きいし、なかなか良い城やった。古井戸が2つあるせいか、異様に蚊か多く、写真を撮るために静止すると首やら顔やら手やらに蚊がたかってきて、ゆっくりじっくり気分を落ち着けて見れなかったのだけが残念やった。
 五品嶽城を下りてくると、予定より1時間ぐらい押してる感じ。五品嶽城が思ったより良い城やっからこれはしょうがないな。最悪、昼はコンビニでパンにするか。空は、所々青空が見え隠れする天気になっていた。もうカッパはいらんな。しかし、今日はこのまま乗り切れるんやろうか。そう考えつつ、東城を出て10分ほど走っていると、バイザーにポツポツと雨粒が。マジか。しょうがないので路肩にバイクを止め、早めにカッパを着込む。せっかくパスさせてくれた車に、カッパを着ている間に抜かれ、再び追いついてパスさせてもらうという申し訳ない展開になった。雨は狐峠を越えると止み、また備後落合近くまで来ると降り出してきた。どうやら今日は山を越えるたびに雨が降るらしく、しかも雨量と標高に相関関係があるらしい。修行僧のような心境でさらに国道314号線を通って北上して行くと、さすがに県境の辺りは標高も高いからか、雨も強い。今日の天気ではこの相関関係が完全に成立するらしいな、と思いながら県境を過ぎ、景色を眺める余裕も無いままおろちループを下って行く。しかし、このループ橋、2重やし、今まで見た中では一番大きい。関宮の国道9号線のループ、高梁のループ、神石高原のループと行ったことがあるけど、道沿いの場所場所でおろちループと案内を出してスポットとして売り出すだけあって、大きさは突出してる。
 島根県に入ってひたすら続く下り道を下って行くと、標高も下がって急速に雨は小降りとなり、八川トンネルを過ぎると完全に止んだ。この下横田には下横田城がある。ちょうど横田郷土資料館のところに駐車場があったので、止めさせてもらってトイレついでに無料だった資料館を見学し、そのまま城も散策した。この時点でちょうど昼。周りを見ると飯屋どころかコンビニさえ怪しい。横田の市街地に店が無かったら当分昼飯にありつけそうにない。
 下横田城を出て、横田市街でご飯にありつけそうな所を道沿で探すが、案の定、食べられそうなところは無かったので、そのまま国道314号線を西進して三沢城へ。三沢城は、大手門の石垣や本丸周辺の遺構がよく残り、山城として立派な姿を残していた。記紀の頃から知られている三沢池や、無数の堀切、土塁などがついつい足を止めさせ、時間が厳しいというのに長時間散策させようとする危険な城やった。ただ、この三沢城の駐車場は郭跡で、すでに城の一部らしく、足で登る距離が少なく済んで助かった。駐車場では、ちょうどビジターセンターのような建物を建ててる最中で、バイクを止められる場所が傾斜のある場所しか無く、四苦八苦してなんとか倒れないように止めた。まあ行き止まりが傾斜した坂道そのままの駐車場なんて山城は結構多くて、バイクのことは考えられてないことが多いんやけどね。こういう時は車の方が便利、というか安心やわ。あと、三沢城の登山道入口にスキーのストックが置いてあって、クモの巣取りや蛇よけなんかにめっちゃ便利やった。帰ったらバイクに入る伸縮式の登山用の杖を買おう。これは便利やわ。
 三沢城を後にして国道314号線を北上し、木次で給油して神西へ。三刀屋城も10年振りに行きたかったけど、とてもそんな時間的余裕が無い。三刀屋木次I.C.から松江道と山陰道を経由して出雲I.C.で下りたが、ちょっと遠回りをしてしまい、狭い道に出てくる案内を頼りに神西城になんとか到着した。
 神西城は城の詳細な説明が少なく、縄張図も示されてなくて、現地からちゃんとした城の形を把握するのは難しかったけど、登山道沿いには削平地と見られる場所が多く、西出雲の拠点というのがよくわかった。頂上の本丸は三日月形で、そこからの神西湖の眺めは、日差しの差し始めた天気と相まってなかなか良かった。
 神西城から下りてきた段階で3時20分。今日は良い山城が多かったのと、五品嶽城の分が丸々押してるせいで、予定より2時間以上押してる。出雲大社と鳶ヶ巣城に行きたかったけど、出雲大社周辺は日曜やから混んでるやろし、鳶ヶ巣城も平地からの登山になるから時間的にちょっと無理やな。出雲大社にはまた来ることもあるやろし、その時に安来やら十神山も合わせて鳶ヶ巣と回ることにして、今日はここで退散することにしよう。
 来た道をそのまま帰るのもなんなので、地図を見るとバイパスが出来てるみたいやし途中まで国道9号線で東へ進むかと、国道9号線に入ってみると、これがなかなか流れが遅い。斐伊川を越えるとバイパスも無くなるので、それはそれは致命的に遅い流れ。こんなはずじゃなかったと思いつつ、なんとか宍道のI.C.まで走り、そこから山陰道で松江まで行き、再び国道9号線に入って安来と十神山の辺りを少し下見した。次回への種まきやね。でもこの辺りだけどす黒い雲が漂っていて、ちょっと雨に降られてしまった。カッパを取り出すほどではなかったけども。
 ここまで来ると少しの距離でいちいち止まって料金を払うのも面倒なんで、米子西まで走って米子道路、名和淀江道路の無料区間を走ってそのまま国道9号線へと入り、東へ東へと進む。名和を過ぎたところでもう6時。雲も出ているので完全に夜になっていた。約3時間ノンストップで走ったし、そういえばあのまま昼食も摂ってない。コンビニで休憩がてらパンをささっと食べ、軽く地図を確認して再び東へ。頑張って鳥取まで走り、春も走った鳥取道に入って播但道、姫路バイパスを経て自宅へ。ようやく帰り着いたのは午後10時半になっていた。いや〜頑張った。30半ばで500km越えはちと辛い。青森で会った人は、早朝に出て大間と往復で800kmと言ってたけど、俺はあれほど元気には走れんな。
走行距離 524.00km
合計 3日間 762.08km

No.28
No.27 No.29