5/21
 数日前まで微熱があり、この21日は夕方から雨の予報、そして明日も曇り時々雨という、ツーリングに出掛けるには悪条件が揃っていたが、6月は連休が取りづらいし、まあ行けるとこまで行ってみるかと鳥取へ旅立った。
 夕方から雨という予報なので、旅行の時間帯を前にズラそうと6時出発を考えていたが、結局こまごまとした片付けなどが微熱もあって週中に進まず、前日も遅くなってしまったので、7時前起床で7時半頃に出発することにした。後ろへズラすのは相変わらず得意やねぇ。困ったもんだ。
 自宅を出発して加古川バイパスから姫路バイパス、播但道までは順調。土曜ということもあってか、行楽へ向かう車が少し多いが、この道は休日1000円と関係ない道やからいつも通りなんやろう。播但道は、知らん間に遠阪トンネルと繋がってて、和田山の料金所が本線の中に移されてた。一瞬、料金所?と思ってびっくりしたけど。
 スキーやボードの行き帰りに渋滞でお馴染みの、和田山の一本柳の交差点を左折して国道9号線を鳥取方向へ。しばらく行くと9号線は八鹿の辺りでバイパスとなり、トンネルに入る。トンネルを抜けると朝倉という場所。国道沿いに朝倉氏発祥の地とあったように、ここは越前朝倉氏の発祥地や。スキーやボードの行き帰りに何度も目にして1度は訪れなアカン場所やなと思ってたが、今日はまたいずれ来るであろう時の為に下見をしてみる。
 小川沿いに走って朝倉の集落付近をウロウロしてみたが、記憶にあった大きな標柱がどこにも無い。ん〜記憶違いなんか?集落に入ってみると史蹟の案内板があり、そこには朝倉城跡と朝倉比丘尼城跡と記されていた。城は2つあるらしい。領主の規模から考えて多分どちらかは出丸的な城なんやろうけど、ともかく2つあるわけやから今日軽く登るなんてのは無理やな。また八木城攻略の時にでも寄るべし。
 八鹿のバイパスが終わると、ようか但馬蔵の表示が。但馬楽座は南方向からやと入りにくくてスルーしたので、そろそろ休憩しごろでもあるし、入ってみる。入ってみると駐車場は相当広く、二輪用の駐車スペースがあったり案内用の建物があるなど、やたらと設備が行き届いてる。休憩場所としては相当整ったところやね。ここから八木城はそんなに遠くない。というよりは近い。国道9号線を走っているとすぐに表示がある。スキーやボードで行った時には一本柳からもうちょっと距離があるような感じやったけど、あれは車が多くて流れが悪いせいか。
 関宮でハチ高原や氷ノ山国際へ向かう道と分岐し、国道9号線が北へ向くと、ループ橋を挟んで延々と登坂車線が続く。遅い車をパスしてしまえばいくらでも飛ばせてしまう。恐ろしい道や。四国で忌まわしいレッドチケットを頂いた身としては慎重に慎重を重ねなければ。
 但馬トンネルを抜けて山を下ると、ハチ北口の信号が見えてくる。冬の週末はこの交差点を境に交通量が著しく変わるところで、個人的にはここから北へ行くとかなり北に来たなという感覚になる。スキーやボードに来た時に気付いていたが、ここにも中山城址の文字が出ていて、いつか来んとあかんと思いつつそのままにしている。日帰りでぷらっと来れると思うと、気が向いたとき用に置いとくかという気持ちになってしまうね。何年か前に日帰りで、鳥取の若桜側から国道482号線の氷ノ山越えにチャレンジしたことがあったけど、その時は土砂崩れで氷ノ山越えができず、結局こっち側に下りられずに引き返したな。そう思うと、なかなかタイミングが合わないとこでもあるみたいや。
 ハチ北口から数kmで村岡市街に着く。ここは市街地の入口に山名氏の城と大きく出ている。その表示を頼りに市街地の中に入ってみたが、具体的な案内がないまま市街地を通り過ぎてしまった。Uターンしてゆっくり見てみると、町の真ん中辺りに門を模した入口と村岡陣屋に関する説明があった。案内板によると、民俗資料館まほろばの敷地から御殿場公園辺りにあったみたいやけど、どうやら今は陣屋の跡地には痕跡が何も無いらしい。こんな山間の町では、陣屋の跡なんていう貴重な平地は、真っ先に使われてしまったんやろね。その案内板から川方向に行くと、菩提寺の法雲寺があり、その境内に山名蔵という山名氏関係の資料館がある。でも、村岡時代のものが多くて戦国時代以前のものが少なそうだったので、境内までは入ったけど資料館には入らなかった。
 村岡を出てすぐに、大昔にうっかり直ドリしてしまったコーナーがある。直ドリは大げさにしても、後部座席のツレ曰く、なぜか正面に川が見えたとか。助手席のツレは、めっちゃ逆ハン当ててたで、あれは俺にはできん、と感心してた。ドリフトはケツで感じろっていうマンガのセリフの意味を初めて理解した瞬間やったけど、今思えば紙一重やね。いや〜雪道って怖いわ。
 村岡を過ぎると新温泉町までの距離が出てくる。鳥取までの距離から逆算すると新温泉町と鳥取がえらい近いことになるんやけど、そういえば町村合併で新温泉町の中心は浜坂になってるんやね。来たことある人は旧温泉町かと思って、湯村と鳥取ってそんなに近いんかと誤解してしまいそう。そんなこんなで旧温泉町の湯村温泉にまで来ると、国道沿いにまで温泉旅館が迫ってて、温泉街の雰囲気がある。前に来たのは7年前か。懐かしい。温水プール入るのに借りた水着が、ほぼスクール水着で驚愕したのも良い思い出や。
 湯村を過ぎて出合橋の交差点を左へ進めば、後は淡々と走るだけで鳥取に着く。しかし、9号線沿いには茶変した竹がよく目に付いた。但馬から因幡にかけて竹の病気でも流行ってるんかな。竹やからまだまだ枯れる季節でもないしな。なんだか新緑の季節に異質な色や。
 岩美付近のコンビニで空腹に耐えかねておにぎりを買う。今日はどうも病み上がりのせいか、ペースが上がらん。ぼーっとしてる時間が多い気がする。昼から崩れるって言ってた天気もいよいよ雲行きが怪しくなってきたし、これから道竹城と桐山城の2つを登るのは厳しいか。とりあえず登山口だけ確認するかとバイクを走らせたが、地図で見た曲がるべき県道の番号は出てこなかった。これかなと思ったけど番号違うなとスルーした道が曲がるべき道やったらしい。地図が2004年のものやし、まぁしょうがないか。
 岩美を過ぎると駟馳山を越えて福部、そして鳥取の市街に入って行くが、この駟馳山の峠道の国道178号線との合流が危ない。駟馳山は源頼朝の愛馬生月の生誕地とされる所のひとつで、その碑が178号線沿いにあるが、過去に、その碑に寄った後、9号線に戻ろうとして、こんなとこで合流かよって思った記憶がある。今回通ってみると、やっぱり行政にも危ないという認識があったのか、車線が1つ合流用に確保されてた。なんかバイパスを造ってたから、いずれはそっちがメインになって、ここはもっと危険性が減るんやろけどね。
 国道9号線をそのまま西へ進むと、鳥取市街の端をかすめて湖山池のところまで着く。この辺りはバイパス化されてて信号も少なく、あっという間。目的の天神山城は布勢という地域にあり、布勢古墳のすぐ近くらしい。鳥取大学への案内を目印に左折し、しばらく行くと右手に鳥取大学のキャンパスが見えてくる。ちょうど信号で止まったところにコンビニがあり、昼時ということもあって学生が大勢いたが、大学生に混じって高校生のような若い集団も見える。しかもジャージ。いくらなんでもちょっと若過ぎな感じやから、部活かなんかの大会でグランドでも使ってるんやろか。
 布勢天神山城は鳥取緑風高校のすぐ西。すぐ、というか、多分敷地内なんやろう。西側の道から遊歩道が造られてるけど、そのすぐ横の芝生には敷地内に付き部外者立ち入り禁止の文字がでかでかとあった。遊歩道は、天神山城の周りを北周りでぐるっと半周して城内への入口に着き、山の高さは10数mなのでテクテクと登ればすぐ本丸に到着する。本丸部分の平地はなかなか広く、中心部の小高い櫓跡や井戸跡、堀切のような地形など、遺構がたくさん残っている。一番南には東屋があり、ここからの湖山池の眺めはなかなか良かった。しかし、高校のすぐ横にこんなところがあったら、学生は絶好のたまり場にしてるやろな。不良さんかカップルかは学校の校風によるやろけど。
 天気が午後から崩れるということやったんで、とりあえず第1目標やった天神山城を優先したけど、どうやらまだ天気は持つらしい。しかし、田舎というのは幹線沿いやからといって必ずしも飯屋があるわけでもないので、市街地に行くほうが確実。というわけで一旦鳥取市街に入って飯を掻き込み、せっかく鳥取に来たんやからと久々に鳥取砂丘へ行くことにした。
 今まで鳥取砂丘に来た時は、早朝6時ぐらいやったり秋の夕方5時ぐらいの閉店間際やったりと、まともな観光時間に来たことがなかったけど、土曜の昼3時という時間に来て見てびっくりした。多いときはこんなに観光客が居るもんなんやね。コンテンツとして優秀やわ。ラクダにも列ができてるし、最高部の馬の背は人で溢れてる。しかし、馬の背から海岸に下りる人は帰りのことを考えてるんかなぁ。砂って崩れるから、この斜面を登ろうと思ったら普通に登るより3倍ぐらいのエネルギーが要ると思うねんけど。かつて砂浜でトレーニングした身としては、後が怖くて下りれん。しかも天気が崩れるとか言われてたのに晴れてきてるし。絶対バテるわ。
 あれだけ午後から崩れるって言ってたのにまさかの晴れ。全くノーマークで黒Tシャツとか着てるし、やたらと暑い。晴れてるけど、行くとこ行けたから余裕を持って宿に行って温泉に入るとするか。体調が微妙に万全でないし、湯治やな。
 温泉入って一服した後、飯をかっ喰らいに駅の北側に行ったが、繁華街は人が多い。さすが県庁所在地。でも宿を繁華街から離れたところに取っておいて良かった。酔っ払いが多くなりそうやから、バイクへの悪戯が怖すぎる。
走行距離 207.84km

5/22
 朝、目が覚めると外は豪雨。昨日の時点で朝の9時頃まで雨という予報やったから予定通りなんやけど、この後もちゃんと予報通りに雨はやんでくれよ。
 朝一で温泉を堪能して朝飯を食べ、最後の温泉に入ろうとしたら掃除中の文字が。おいおい、10時チェックアウトなら10時まで入らせてくれよと思ったが、仕方が無いので部屋に帰って出発の準備をしていると、外からズズズっガシャンという音。急いで窓を開けると宿の前の交差点でミニバン同士が事故ってる。最初はどういう状況か分からなかったが、どうやら右直事故らしい。右折の車が事故の勢いで反対方向に向いてしまってる。両方ともオカン運転で子供が乗っていたが、直進の方の車のオカンは必死の形相で右折車に駆け寄りドアを開こうとしていた。ちょっとパニクってる感があって、そんな怖い感じで詰め寄らんでもええやんと思ったが、右直では、基本、右折車が悪いからなぁ。しかし、こういう時の女の人は怖いね。なんとも言えない迫力がある。それより何より、怪我人が出なくて幸いやったね。
 結局、警察が来て事故車を片付けるところまで見ていたので、宿を出発したのは10時を過ぎていた。まず向かう先は鳥取城。雨は8時過ぎにやんだが、まだ厚く黒い雲が垂れ込めている。以前に来た時は久松山頂上の天守郭まで登ったが、さすがに直前まで大雨の降っていたこの日はちょっと登れそうにない。城内も雨でかなりぬかるんでいるかと思っていたが、山からの水の流れ道の終点になっていた天球丸あたりは流石に足の踏み場を選ぶ状態だったものの、ニノ丸などの他の城内はそうでもなかった。まぁ完全防水の靴に新調したから多少の水なんてなんとも思わないがね。
 鳥取城を散策した後、ニノ丸直下にある仁風閣に寄った。ここは前に来た時に気に入った場所で、なんと言っても特徴的な螺旋階段がいい。雨上がりやのに人の出入りが結構あるんやねと思って建物に入ってみると、スーツ姿の女の人が複数居てなにやら緊張感がある。何かのツアーかと思ったら、なんと2階で結婚式をしていた。やたら厳かな曲が流れてるなと思っていたが、ただのBGMじゃなくリアルに結婚式の曲というわけか。前来た時はツアー客と思われるおばちゃんがやたら居て、テラスで昼寝している人がいたりと結構カオスな状態やったんやけど、雰囲気がえらい違うな。この雰囲気のほうがカオスに比べりゃ遥かに建物に合ってるが、結婚式をリアルタイムでしてるとなると、それはそれで気を使う。しかし、どこも施設に独立採算を求めるようになってるから、結婚式やるようになったのもその影響かもしれんね。
 仁風閣を出て、次に向かうのは鳥取市歴史博物館、別名やまびこ館。前日に見た天気予報では、今日の午前中ぐらいまで雨が残るという予報だったので、また県立博物館でも行くかと思っていたが、宿にあったパンフレットにやまびこ館のものがあり、寄ることにした。しかも、歴史と名の付いた博物館というだけで寄る理由になるのに、「庭先にひろがる中世」という特別展をやっているなんて、喰い付けと言わんばかりや。
 特別展の内容は、中世の手紙や領地を安堵する書状などの一次資料が展示してあり、かなり砕けた解説付きで非常に解りやすかった。土地と言っても結構貸し借りなどが多く、やりとりの背景に時代の流れも浮かび上がってきて面白い。文書の類はどうしても読んでしまうから、時間が掛かって長居してしまった。博物館の常設展示のほうは鳥取の変遷がいろんな仕掛けで学べるが、どちらかと言えば子供向きの仕掛けが多かった印象。最後には完全に子供をターゲットとした、遊びながら学べるスペースがあったけど、子供が皆無やったんが妙に物寂しさを誘った。
 やまびこ館に隣接する喫茶店で昼飯を適当に掻き込み、薄日の射す中を国道29号線へと走るが、途中で曲がるところを直進してしまい、あやうく国府へ行きかけた。仕方がないのでUターンして因美線に並走する県道で南下し、国道29号線へ。郡家で県道32号線に入り、西へ向かって河原を目指す。しかし、再び天気が悪くなってきたのか、黒い雲が目立ち始め、風もかなり強い。
 河原にある河原城は、立派な模擬天守を建てる時に公募した名前で、本当は丸山城という。その模擬天守はかなり遠くからも判る代物で、ランドマークとしては優秀か。山への道も整備されていて、すぐに駐車場に着く。バイクを降り、その目立つ模擬天守に向かわず、反対側の駐車場南側に行くと、何やら城跡らしき段状の平地がある。こんなとこに公園っぽいところを造る必然性もないので、これは遺構かな。でも、河原城の中に展示されていた古絵図や入口の案内図の中のどこに相当するかよく分からん。河原城の建設で丸山城の遺構はきれいさっぱり無くなってるから、遺構やったら貴重なものなんやけど、どうなんやろ。
 河原城を出たのは3時半頃やったけど、雲が厚いせいかもう5時を過ぎてるような薄暗さ。雲行きも怪しいし、家路を急がねば。無料になっている鳥取道で南下していくと、智頭の辺りは風が冷たい。でも厚い雲は後ろに下がったみたいや。どうやら、ちょっとした追い駆けっこになってる。そうこうしているうちに、目の前に日産のリーフが。三菱のやつは見てないから、これが電気自動車の初見や。まぁ走行中は静かなんかも分からんし、関係ないけども。
 鳥取道から続く自動車道も、粟倉温泉で一旦終わって普通の国道373号線となる。この辺りはもうずっと下り坂で分水嶺を完全に越えた感じ。このまま中国道で帰るという手もあるが、それも面白くないんで、国道429号線で山越えして帰ろうと思ったものの、429号線にショートカットする道が無い。大原まで行くとちょっと遠回りなんやけど、しょうがないか。
 大原からの国道429号線は交通量が少なく道も広いという良い道。さすがに峠の入口辺りはヘアピンもあって広くない場所もあるが、峠付近は最高。ところが、兵庫側に入ると一転して狭くなる。国道やのに県によって整備状況がかなり違うんやね。
 志引峠を越え、千種からは川沿いの県道72号線を下っていく。この道は千種のスキー場へ行く時の道で、川沿いの快走路。途中、道の駅ちくさで休憩して、ついでに川の水で顔を洗い、引き続き川沿いを南下して行く。もうあの黒い雲も完全に追い越したようで、空には赤い夕焼けが広がってきていた。下三河から今度は国道53号線に入り、中国道と並走する。この72号線から53号線のルートは、千種のスキー場へ出ていたスキーバスの通り道そのまんまで、何度かバスに揺られて通ったこともあるし、中国道との並走路は去年の秋にも車で走った。播磨新宮の友人の家に泊まり、山崎から千種のスキー場へ行くバスに乗って行ってた高校時代が懐かしい。
 この先にぶつかる国道29号線は、少し前に若桜へ行った時に使ったので、日没までまだ少し余裕があるし、山崎からそのまま揖保川沿いを南下して龍野経由で帰ることにする。途中の播磨新宮でガスを補給し、国道179号線で龍野市街を通過して福田ランプから太子竜野バイパスへ。ここまでくればもう通り慣れた道。日曜の夕方やけど、もうピークは過ぎたのか、思ったほど交通量も多くない。家に着く頃には完全に陽も落ち、薄闇の世界になりつつあったが、なんとか夜までに帰るという目標は達成できた。今回はなんかやたらとのんびりした行程やったけど、たまにはこういうのも悪くないね。
走行距離 207.68km
合計 2日間 415.52km

No.27
No.26 No.28