5/24
 そういえば、去年は結局ツーリングに行けんかったなと考えていると、久々にちょっと遠出しようというテンションになったので、それなら一昨年に時間切れで行けなかった香川に行ってみようと思い立って2日間の休みを確保した。
 スタートは、いつものように遅れ気味、どころか忘れ物があったりして結局11時前に。これはもう治らんね。四国へは、明石海峡大橋・淡路島・大鳴門橋のルートで入り、香川を横断して瀬戸大橋から帰る予定。ちょうど形としては播磨灘一周に近い。
 四国まですんなりと直行してもよかったんやけど、なんとなく淡路の陽光を感じたかったので東浦I.C.で降りて淡路島の東岸を走る。この国道28号線は何度も走った道だが、海が近くて梅雨直前のやや暑いこの時期にはぴったり。この心地よさと清々しさがツーリングの醍醐味やね。
 昔懐かしい松帆神社で最初の休憩を取ってから高速に戻り、いよいよ四国へ。数年前に高松道が神戸淡路鳴門道と繋がったので、香川方面へのアクセスはとても快適になっている。そのまま高松道へ入って引田で降り、引田城を目指す。だが、高速を降りた出口で早速間違えた。引田I.C.から直接国道11号線に繋がっておらず、県道に一旦入って国道との交差点に向かうんやけど、I.C.は国道の南側にあるのに県道がわざわざ北へ回ってから繋がってるもんやから、右折して引田市街とは反対方向に行ってしまった。本当は左折が正解。ツーリングマップルは広域の地図やからそんな細かいとこまで書いてないし、油断したわ。
 空きっ腹を抱えつつ引田城に登ったが、思った以上に遺構がはっきりと残っていて、縄張もしっかりした城だったので時間を掛けて散策した。なかなか穴場的な城で満足。
 秀吉の四国征伐の前哨戦が行われたであろう海を見下ろしてひとしきり歴史に思いを馳せた後、山を下りて国道11号線を西へと向かう。ここはさっき通ったとこやないかいと独り言をこぼしつつ、昼飯を食べれるところを探して走っていると、Joyfullを発見した。地方の危険なところは市街地があっという間に終わることで、飯を選んでいて最終的にコンビニ弁当になってしまうことはよくある。南へ3週間旅立った時に嫌というほど食べて食べ飽きた感のあるJoyfullだが、ここは素直に入っておこう。ファミレスがあるというだけでありがたいんやから。しかし、西日本ではJoyfullはほんま切り札やね。
 Joyfullで食べた日替わりランチは399円。5年前に九州で食べた時は450円で、ガストのランチ500円といい勝負をしていたが、大盛にすると大盛タダのガストよりも高くなってたはず。でも今は、399円でスープバーと大盛が付くというから競争が激しい。外食産業もなかなか大変や。
 空腹も無事治まったので、次は虎丸城へ向かう。Joyfullからすぐ南へ行けばとらまる公園というのがあるから、何か手掛かりが得られそう。地図で見る限り虎丸山の北麓なので、登山道の案内板とかがあればありがたい。そう思ってとらまる公園を訪れてみると、山の麓と言えば麓だが、想像していたよりも山からかなり遠く、ただの総合公園だった。なので虎丸城や虎丸山に関する情報を得られなかった。仕方が無いので、虎丸山北麓の道を走ってみたが、虎丸山へ向かう具体的な登山道の案内などは無し。また出直しやね。虎丸城と言えば十河さんが最後まで籠った城なんやけどなぁ。残念ながら地元やのに知られてないんやろね。
 虎丸山麓から県道10号線に出て西へ向かう。次は十河さん繋がりで十河城。しかし、この県道10号線というのは走りやすい。広いところは両方向2車線あるし、その割に交通量が少ない。多分、国道11号線が古い国道やから、拡張できひん場所が多くて県道を広く整備したんやろね。それにしても追い越し車線を走る斜め前のPASSOの半ドアが気になる。何回「半ドアですよ」って教えてあげようと思ったことか。
 高松まであと5kmほどというところで県道10号線から左折すると、十河城に到着する。鬼十河で有名な十河一存が三好から養子に入ったのが、この十河城を本拠とする十河氏。お城の主要部は称念寺という寺院になっているが、周囲からやや高くなっている地形は当時のままやろう。裏手は墓地になっていて、お墓参りに来ている人がちらほらいるけど騒がしさは無く、周りには田園の長閑で静かな風景が広がっている。高台の下には大きな池と小さな池があったが、これは当時の堀の名残だろうか。水面を撫でた風が適度な清々しさを持ってきてくれて心地よかった。
 十河城から県道10号線に戻り、県道155号線で高松城へ向かう。屋島辺りに八栗城と田井城というのもあるんやけど、時間の関係で今回はスルーやね。
 高松城は水城だけあってすぐ裏がフェリー乗り場になっている。何気に城に入ろうとしたら、入園料が要るとのこと。受付の人が丁寧やったからそれほど悪い気がしなかったけど、櫓に入れるわけでもなく、天守閣も無い城跡に入場料を払うのはなんか釈然としないものがある。津山城もそうやったよな。今は櫓が復元されてるけど。
 まず高松城で目に付くのは海水を取り入れている水門。日本三大水城のひとつだけに、ここが一番の特徴かな。その次は本丸。他の近世の平城と違って細長い長方形で、珍しい形。本丸ではあるが、最終防衛拠点とするには狭く、実際の機能的には天守郭というべき性格なんやろう。ここに建っていた天守閣自体は、明治17年まで健在だったらしいが、修繕費の関係で取り壊したらしい。維新の荒波を乗り越えたのにもったいない。今では復元を試みているというから余計にそう思う。
 城の三ノ丸には、披雲閣という屋敷と陳列館という資料館がある。陳列館は城に関する史料の展示をしているが、城の入園料が要る代わりに資料館は無料やった。しかし、陳列というそのまんまなネーミングにはちょっとびっくり。もうちょっとなんかあるやろと思ったけど。
 高松城を出る頃にはもう夕方。天守台石垣の修繕の為に堀の中に重機で土砂を入れて道を造ってたり、イベントの準備をしてたりでなんか慌しかったけど、意外と時間を掛けて見学してたみたい。段々と渋滞し始めた道を辿って国道11号線に戻り、西へ進むと、坂出I.C.の近くで四国健康村の看板を見つけた。看板には車で3分と書いてあったが、示す方向に進んでもなかなか建物が見えない。これは行き過ぎたか?と思った頃にようやくすぐそこという看板が。3分はちょっと言い過ぎやで。
 健康村の中に入った後、客がなんだか少ないなと思ったら、ここでも大衆演劇をやってて、そこにお客さんが集まってるみたい。大分の健康ランドもそうやったなぁ。大衆演劇に興味ない自分からしたら、お風呂の中がすいてて結構ありがたい。
 ここの風呂には熱風隊っていうのがあるらしい。そこらにポスターが張ってある。どうやらサウナの中で大きな団扇を扇いで熱風を浴びせるという隊で、なんか探偵ナイトスクープで見たことある気がする。ちょっと試してみたいけど、今日は無理やわ。さすがに1日バイク乗ってると疲れるし、山登りもしたしな。サウナすら長時間入ってられへん。
 この健康村には、雑魚寝の仮眠室だけじゃなく、カプセルのところもある。ネットで事前に見たので予約しておいた。雑魚寝のところでいびき攻撃されると熟睡できんから疲れが取れんけど、これで今夜は爆睡確定や!そう思ってた。そう思ってたんやけど、寝る直前に耳栓忘れてるのに気付く。今日一番のショック!案の定、出入りする人の物音で寝つきが悪い。わざわざ追加料金払ってるのに、何やってるんだか・・・。
走行距離 218.72km

5/25
 眠りがなんとなく浅いまま、朝の5時半に目が覚める。誰や、カプセルやのにイヤホンせずにテレビ見てる奴!耳栓さえあればもっと寝れたのに・・・。
 うたた寝をかましつつちゃんと起きたのは7時過ぎ。朝風呂もそこそこに聖通寺城を目指す。この城の別名は宇多津城や聖通寺山城といい、そのものずばり聖通寺山というのが地図に載ってるので迷う心配が無い。健康村側になる山の西側からの入山路はちょっと分からなかったが、東側の道は大きな道だったので登るのも簡単。そして、頂上には平山城という碑が。城らしい痕跡はそれぐらいで、城跡としては寂しいが、宇多津から丸亀にかけての眺めがなかなか良い。ただし、瀬戸大橋については、眺望が一番良さそうな場所に結婚式場の建物がデンと建てられていて、その脇からしか橋が見られないのが残念。結婚式場としては最高のロケーションなんやろね。
 聖通寺城を出てすぐ西にある丸亀城に向かう為、一旦国道11号線に戻り、土器川を越えてから右に折れて土器町のコンビニでお馴染みのおにぎり&豚汁の朝食を腹に入れ、丸亀城へ。市街地の中心部にあるので案内表示も多く、ここも迷う心配が無い。
 丸亀城は、天守が現存する12の城のひとつだが、天守の大きさは最小らしい。確かに大きな城の隅櫓程度なんやけど、下から高石垣越しに見上げると、さすがに威容がある。また、大手門のところの桝形が巨大で重厚感があり、大手桝形と天守が収まる構図は、もうそれは凄いとしか言いようが無いぐらい絵になる。イメージとしては、岩国城や唐津城の引きの写真ぐらいの感じ。この2つの城が模擬ということを考えると、丸亀城に軍配が上がるんやろけどね。しかも、この日が抜けるような青空だったので、素人写真ながらどこかのポスターかと思うぐらいの仕上がりになった。
 丸亀城の次は天霧城。はるか昔に信長の野望で目にして、なんて幻想的な名前なんやろうと思った城やけど、事前にネットで行き方を調べると、なかなかとんでもなさそうな城らしい。目に入った情報によると、徒歩1時間。昔はもっと近い行き方があったらしいが、採石などで無くなったとある。まぁ今日は朝から順調に回れてるし、気合入れて登るとするか。
 天霧城への道が出てるのは弥谷寺で、お遍路さんが巡る四国八十八ヶ所の71番目。案内も豊富でここもすんなりと行ける。寺の駐車場にバイクを止め、寺に行こうとすると案内板に530段余の字が。おいおい、城へ行く前に俺の膝を壊す気か!しかし、滅多に来れる所じゃないし、ここで引き下がるわけにはいかない。
 階段を途中まで登ると、天霧城の歴代城主の墓があった。ここまで200段ぐらいか。この墓のところから天霧城への道が出ているが、思ったよりも城への道が下の方にあって助かった。階段500段登ってから1時間登山やったら、相当キツいことになってたやろね。この城への道は所謂お遍路道で、広さは結構あるんやけど、昨日の雨でぬかるんでいて、コンディションはあまり良くない。しばらく進んで行くと、道に埋まってる岩に苔が付きだし、泥っ気も無くなってきた。この辺りは雨の時には川になるんやろね。そういえば一乗谷城もこんなんやったなぁ。斜度は比べ物にならんけど。
 そうこうしているうちに、隠砦という表示が見えた。天霧城の出丸的存在やね。この隠砦から先にはちょこちょこ人工的な平坦地が出てくる。これはおそらく城の一部やろう。この辺りは弥谷山と天霧山の尾根筋で、アップダウンもそれほどない。もうしばらく進んでいると、四国電力の鉄塔が出てきた。ここからお遍路道は下るようで、城への道と分岐している。そして、やっぱりというか、城への道は人がそれほど入っていないようで、急に道が狭くなった。
 やや険しくなった道を登って行くと、木に鉄板が巻きつけられており、古井戸という文字と矢印があった。そして、薄っすらと悪路とか迷路みたいとか苦労という字が見える。今まで山城に数多く登ってきたが、ここまで先入観を与える案内表示は無かった。なかなか煽りよる。まぁ親切だ、というふうに思っておくか。しかし、ここまで長時間登って結構疲れてるし、こんな山の中の悪路で苦労する迷路のような道で迷うとシャレにならんし、素直に助言を聞いておくかと、矢印の指し示すと思われる獣道を進んでいくと、途中から道と言えないぐらい道が細くなり、目の前に井戸が現れた。ん?あれ?俺なんで回避した古井戸のほうを進んで来てるん?思い返してみると、木に巻かれた案内板の矢印は微妙な方向指してたな。そして獣道に入ってすぐのところに太ももぐらいの倒木が何本かあった。あれは通行止めみたいな意味やったんか。もっと解りやすく置いとけよ・・・。まぁ迷わんかったから良かったけど。
 古井戸のところから細い獣道が更に続いてるので、本丸まで行けるやろうと進んでいくと、ついに道らしい道が無くなった。マジっすか。遭難とかは勘弁やで。テープとかの印を付けれるものがあればいいんやけど、携帯とサイフとドリンクと体という4点セットで来てるのでそんなものは持ってない。しょうがないので、なんとなく来た方向が分かる最後の地点にドリンクの入ったペットボトルを置き、木々を掻き分けながら進んで行く。幸いもう城内に入っているので、平坦な地形が続く。この辺りは帯郭かな。そうこうしていると、目の前に僅かだが石積みが現れた。よし。本丸は近い。石積みの場所から木々を掴んで登って行くと、ようやく広い場所に出た。そして三ノ丸の案内板が。なんとか無事に到着。しかし、これはいつもより充実感があるな。
 三ノ丸からニノ丸、本丸物見台と散策し、物見台より一段低くて一番広い本丸跡の端に来ると、道ははっきりしないものの明らかに来た道よりも確実に安全な道があった。これがあの古井戸の案内板のとこから分岐した本道やな。まぁ、いらん苦労したかもしれんけど、石積とか古井戸が見れたし結果オーライやな。しかし、この道を下って帰れれば楽なんやけど、ペットボトル置きっぱなしやから、そういうわけにもいかん。頑張って三ノ丸から木を掴んでずり落ちないようにしつつ足場を確認しながら戻り、分かるような分からないような道を引き返して無事ペットボトルを回収し、一歩間違えば崖下という古井戸付近の道を引き返していった。自分がペットボトルを置いたあたりに空のペットボトルが2本ほど落ちてたが、あれは目印なのか、それとも疲れて飲み干したものなのか。まぁ飲み尽くすほど疲れる道ではあるけど。
 弥谷寺へ戻る道は、苔とぬかるみの道なのだが、疲れからか足の踏ん張りが利かず、何度か滑って転倒しそうになった。そして、弥谷寺に戻ると、しばらくベンチで動けなくなるほど疲れていた。
 弥谷寺を出て、地図には載ってなかったのでまだ新しいと思われる三豊鳥坂I.C.から高松道に入り、香川を後にして瀬戸大橋を渡る。5月の終わりにしては風が冷たく、今まで何度も渡ってきた中では一番の強風の日だ。本州と四国の間にある与島S.A.で昼食を摂り、そういえば今まで何度と無く渡ってきたけど写真に撮ったことがないなと、瀬戸大橋を写真に収めた。
 瀬戸大橋を渡り切り、本州に入って児島I.C.で高速を降りて下津井城へ向かう。時間的に考えると、常山城や片岡城はちょっと行けそうにないが、この城に行く時間があっただけでもよしとするか。ただ、下津井城へ行く道は細くて分かりにくく、海岸の辺りやら学校の辺りやら、迷いながら地図を確認しながら少し走らされて時間をロスした。
 下津井城は、瀬戸大橋の岡山側の根元近く、昔からの港町として栄えた下津井港の後背の山にあり、下津井の湊を押さえるという決意に満ち満ちた立地の城。交易や物資輸送が盛んになった戦国時代にはすでにあったらしく、江戸時代に改修されて立派な石垣が築かれている。今は、瀬戸大橋開通の際に造成された瀬戸大橋架橋記念公園の一角になっていて、下草なんかはきちっと刈られてるし、とても散策しやすい。全体としてはあまり眺望は開けていなかったけど、場所によっては瀬戸内海の眺めもなかなか良いし、最後に充実した時間が過ごせた。
 公園内にいると、時折、鷲羽山ハイランドのジェットコースターが出す音や悲鳴が聞こえたが、「そういえば一時期よくCMしてたな」と懐かしく感じて、うるさいはずやのに雑音とは感じなかった。CMはトンと見なくなったけど、まだ頑張ってたんやね。ハイランドと公園は目と鼻の先で、公園からジェットコースターに乗ってる人が見える。しかし、初めて立地を知ったが、よくこんな山の上に遊園地を作ったなぁ。いや、造成費がそんなに掛からんなら、眺めが絶景になるからいいのか。この鷲羽山ハイランドといい、倉敷チボリといい、岡山は何故か遊園地が頑張ってるね。あんまりお客さんが入ってるようなイメージはないんやけど。
 下津井城からは国道430号線に出て、由加山方向へ折れ、途中ワインディングを楽しみつつ国道30号線に向かってショートカットしていく。国道30号線に入ると、すぐ左手には常山城が。またここは日帰りで来れるさと自分に言い聞かせつつ、更に北上していくと、やたらと大型トラックやトレーラーの姿が見えるようになった。さすが2ケタ国道。この辺りの大動脈なんやろね。この大型トラックやトレーラーは宇野港からか。瀬戸大橋が高いから、フェリー使うトラックも多いんやろな。
 大型トラックやトレーラーの波に揉まれながら走り、国道2号線との交差点の渋滞を乗り越えて国道2号バイパスへ入ると、ぐっと流れが良くなる。さすがバイパス。バイパスを少し東へ走ると、岡山ブルーラインの入口が見えてきた。この道が無料化されたというニュースを見たのは1・2年前か。無料になってから初の走破やね。コーナーを抜けた後や橋を渡る時にパッと広がる海と島々の景色は相変わらず心地いい。途中、一本松で買い忘れてたお土産を買ったが、おかげでタンクバッグがこれ以上無いというぐらいにパンパンになってしまった。仕方が無いので、しまっていた上着を着込んで出発する。バイクの積載能力では、お土産が一番ネックになるなぁ。
 岡山ブルーラインの終点からそのまま少し行くと国道2号線に出る。すぐ山陽道の備前I.C.があるので、そこから高速へ。帰宅時間は予定より1時間遅かったが、なんとか日暮れまでに到着することができた。虎丸城とか常山城は行けんかったけど、最大の難所、天霧城も攻略したし、満足。500kmに満たないのでちょっと走り足りん気はするけど、その代わり筋肉痛の痛みはお釣りがくるほど満喫や。
走行距離 265.92km
合計 2日間 484.64km

No.23
No.22 No.24