10/7
 初日はテスト明けで、とりあえず岡山の友人宅まで頑張って走った。国道2号線の兵庫と岡山の県境の辺りはトンネルが多くて、グラサン越しにみるトンネルの明かりは暗く、催眠術にかけられそうなそんな感じになる。
走行距離 122.5km

10/8
 前の日、テスト明けで疲れてたのですぐ寝て、この日の朝にシャワーを浴びようと思っていたら、朝早くから清掃会社の人が来て清掃を始めたので、風呂に入れず、あわただしい出発となった。
 友人宅は岡山駅の近くで、そのまま国道180号線を使って西へと走った。今日の目標は、桃太郎関連と備中高松城、そして中学校のキャンプで行った吉備高原都市だ。
 国道180号線を西へ走っていると、吉備津神社が見えてくる。さすがに一宮だけあって荘厳な造りの社殿があり、回廊もある。この神社のすぐ裏の山が、俗に桃太郎の墓と呼ばれる茶臼山古墳だ。桃太郎伝説というのは岡山だけじゃなく、全国に幾つかあるらしいけど、なんといっても最有力地は岡山という感じ。その昔、吉備に勢力を誇った部族があり、中央に服さない部族を、吉備津彦命が軍を率いて征伐した。反乱部族は今も遺跡が残る鬼ヶ城を根拠とし、吉備津彦命は猿、雉、犬をそれぞれ崇拝する部族を率いて戦った。おとぎ話からこんな当時のリアルな情勢が想像できるが、こんなところが考古学の醍醐味なんかな。今は柵が周囲に廻らされ、中学生のカップルが木陰で勉強しているような、そんな長閑な風景が同じ土地に残されている。
 吉備津神社の近くには吉備津彦神社という吉備津彦命を祭神とした神社もあるが、こちらは田舎の長閑な神社という趣。土曜の秋晴れということもあって、家族連れが数組散歩してた。
 総社から少し西に行けば、今度は高松という地名が見えてくる。今はただの田舎になっているが、ほんの400年前には城が幾つかあって、毛利軍と織田軍が激突する最前線だった。駅の北には高松城跡が公園となって残され、周りの地形は今でも湿地や田んぼが多く、当時の地形からたいして変わっていない感じだ。秀吉が延々と築いた堤も何ヶ所か残ってて、表示によると当時は高さ3丈、上の幅4丈、下の幅10丈あったらしいが、今では高さ2.5m、上の幅3m、下の幅5mぐらいまで風化している。でも、僅かな期間でこの堤を築き、本能寺の変を知るや東へ駆けに駆けた秀吉の土木建築家と戦略家の才能が、この土地には残っている。
 備中高松城の近くには、大きな鳥居が有名な高松最上稲荷がある。友人からデカイデカイとは聞いていたが、正直アホみたいにデカイ。何が目的でこんなに大きくしたんやろ。
 この鳥居の下でちゃっちゃと昼飯を食べ、ここから北に走れば岡山空港に着く。その途中で分岐してひたすら走れば最終目標の吉備高原都市に入れるはず。吉備高原に通じる道路は整備されてて広く、その上交通量が少ない。とばしたくなる衝動を抑えつつ、結構距離を走ったところで吉備高原都市に着いた。ここに来るのは何年ぶりだろう。キャンプに来たのは中学校2年だったから、かれこれ5年ぶりか。吉備少年自然の家には入らなかったが、その周りのニューサイエンス館なんかは全然変わってなかった。ただただ懐かしい。
 帰りは行きとは違う道から帰ろうと思い、地図もないのに建部のほうへ下りて、方角だけを頼りに太陽とは反対に走った。ところが、どこをどう行ったのか、ひたすら走ったはずなのに、国道2号線へ出たのは吉井川のすぐそばだった。帰宅予定時刻になってまだ岡山とは思いもしなかった。

走行距離 208.1km
合計 2日間 330.6km

No.2
No.1 No.3