6/4
 中国地方一周を企画して、今回新たに後輩2人を加えて5人のチームでツーリングに出発した。
 兵庫県を高速でつき抜け、岡山県に入ったところで海沿いを走る岡山ブルーラインに入る。この道は以前に1度使ったことがあり、景色が良かったので今回も使ってみた。なんとなく幹事みたいになっているので、ルートの選定は自由自在だ。
 ブルーラインの途中にあるP.A.で1回休憩を入れ、再び岡山に向かって走り出す。天気予報はあまり良くなかったが、何とかもちそうだ。先輩の雨パワーを今回の新人がカバーしてくれてるようだ。
 岡山市で国道2号線と合流し、トラックの多い国道で倉敷に向かう。倉敷といえば先輩の実家があるところだが、先輩いわく美観地区しか行くところがないらしい。とこでも地元の人間は、そこに観光地があって当たり前になってるから、何もないとよく言うけど、旅で訪れた人間には、地元の人間には何気ない場所も観光に値する場所だったりする。この倉敷の美観地区もそんな感じなんだろう。観光客向けの店なんかが多いから、地元の人間には用がないんやろけど、ふらっと来て何時間か過ごすには雰囲気も抜群でちょうどいい。
 倉敷を出て再び山陽道に入って西を目指す。途中、突然同期が最後尾から追い越していったのを発端に、わけがわからんまま160km/h超の高速バトルに突入した。前のバイクが250ccだったからわかるけど、軽いバイクは160km/hを越えると挙動がちょっとふわふわして不安定になって嫌な感じがするが、後輩はCBR250で平然とついて来た。さすがに峠を攻めてるだけある。
 尾道で高速を降り、尾道ラーメンを食べに国道2号線へと出た。国道沿いにあんまり店が無かったので、尾道駅前にあるラーメン屋で、午後4時前後という微妙な時間にラーメンを食べた。浮いてる背脂がうまい。値段もそこそこだったし満足した。
 今日の寝場所は呉にある音戸ロッジ。着く前に日没になったので、知らない道を暗くなってから行くと迷うぞと思っていたら、予想通りちょっとだけ迷った。先輩しか地図を持ってないから、当然先輩が先導するんやけど、結構先輩は迷いやすい人みたい。地図は各自持ってんとあかんね。
走行距離 351.52km

6/5
 朝、音戸ロッジを出発し、昨日来た道とは逆から行こうとすると、道は急な上り坂を登った後、急に下って自転車道みたいな道になっていた。地図では車が通れそうに書いてあったが、どこに着くのかわからんような道なので、先輩が下り坂で止まってしまってにっちもさっちもいかなくなってしまい、みんなで協力して引き上げた。転倒などの大事には至らなかったが、後で考えれば、これが続出する事故のプロローグだったような気がする。
 午前中は呉から広島に走り、広島市内を観光した。
 原爆ドームから平和記念公園平和記念資料館というお決まりのコースだが、お決まりのコースというには重いリアリティーがある。予想通り修学旅行生や外国人が多いが、感受性の強い思春期の子供や外国人には特に見てもらいたいと思う。若い時期にこんな現実があったことを知っておけば、将来戦争をやろうなんて気持ちにならんやろし、外国人には加害者被害者の枠を越えた人間としての何かを感じ取って欲しい。特別反戦主義だとか平和主義を自覚したことは無いが、ここにくれば、今がどれだけ平和で、戦争の無い世の中がどれだけ幸せかわかる。特に自分よりも若くして死んでいった人のことを思うと胸が詰まる。
 原爆関係の施設では、先輩と自分が時間をかけて見て回ったせいで、2時間以上も時間を過ごし、ちょうど昼時となったので広島焼きを食べにウロウロした。とりあえずメジャーそうな店に入って注文したが、関西人は関西風のお好み焼きが舌に合ってると思った。そこそこおいしいが、あえて広島まで食べに来るまでもないなと。
 昼飯はもっと先でたべるつもりだったが、思わず時間を過ごしてしまったので先を急ぐ。広島から2号線で宮島口へ。宮島にはバイクを下りて行くつもりだったが、同期がバイクでフェリーに乗って行こうと言い出したので、結局みんなバイクで行くことになった。フェリーの所要時間は15分ぐらい。すぐ宮島に着いてバイクを走らせたが、厳島神社へは歩いて行ってもほとんど変わらないぐらい近かった。自分だけ大型で料金が高いし、歩いていけばよかったと思ったが、同期がフェリーにバイクで乗ったん初めてやと爽やか笑った顔が妙に印象的で子供みたいだった。
 宮島を後にして今度は岩国を目指す。時間はというとかなり押しているが、気持ちが焦るばかりで距離はなかなか進まない。海沿いを淡々と走っていると、割と早く岩国に着いた。山口でも一番広島側だからそんなに遠くはない。ただ、岩国の錦帯橋の辺りに入るのは、進行方向が決まってたりして結構ややこしい。バイクの駐車場を聞くと、錦川のだだっ広い河川敷に止めさせられたが、意外とここから錦帯橋の眺めがいい。錦帯橋を徒歩で渡って、橋を過ぎたところのアイス屋でアイスを試食させてもらい、時間が時間なのでどこも閉まりかけで、とりあえず写真だけ撮って出発した。時間は午後5時ごろになっていた。今日予約してあるところは下関で、山口県を横断しなければならない。電話で確認すると、午後7時30分を過ぎると、ご飯がなくなるらしい。
 焦る気持ちそのままに岩国を出発し、山陽道でひたすら西へと向かった。先輩を先頭に、カーブの多い場所を140km/hという巡航速度で走る。途中1回休憩したが、それまで100km強を1時間弱で走っていた。後輩は途中で下痢に襲われ、もう無理と何度か叫んだらしいが、P.A.まで何とか持ちこたえ便所に駆け込むことができた。途中で離脱していたら、間違いなく晩飯は無いところだったはず。
 その後も下関まで走りに走って、いつものように日没で宿を探して迷い、宿に着いたのは7時20分だった。あぶなくふぐが逃げるところだったが、なんとかご飯にもありつけ、落ち着いて夜景を見ると、関門海峡は流れが速くて九州がすぐ近くに見え、とても美しい。なんとか飯にも風呂にもありつけたので上出来やなと思いながら、眠りについた。
走行距離 246.56km

6/6
 今日は3日目。予定では、いよいよ折り返して日本海側を東行するつもりだ。
 朝、下関を出て国道9号線を東へ向かった。昨日下りた下関I.C.から中国道に入って、秋芳洞のある美弥I.C.を目指すつもりだったが、なかなか走行車線に移らんなと思っていたら、先頭を行っていた先輩が美弥I.C.を通過してしまい、結局小郡I.C.から山越えで秋芳洞に向かった。秋芳洞に向かう途中の下道は特に何事も無く順調で、カルスト台地特有の、白い石灰岩が少し頭を出している秋吉台は、ワインディングできる道も良くて抜群の爽快感だったが、秋芳洞手前2、3kmの地点で曲る所を行き過ぎてしまい、全員がUターンしようと思った時、事件が発生してしまった。先輩は緩やかな下り坂の途中でUをかまそうとしたが、バランスを崩して重い車体のZZ-R400を支えきれなくなり、スローモーションのように転倒してしまった。全員がバイクを止めて駆けつけて起こしたが、完全に先輩はブルーに入ってしまった。ネタ的には面白いんやけど、バイク乗りとしてその気持ちは痛いほど分かってしまうだけに、ちょっと見てられない切なさが漂う。
 そんな事件がありつつも無事辿り着き、幼稚園の年少の時以来20年ぶりぐらいで秋芳洞に入った。洞窟の入口はそれほど広くはないものの、奥に行けばだんだんと広さも高さも増していき、その広さは感動もの。思わず普通に野球ができるんちゃうかと思ってしまうほどで、なんといっても天井の高さには圧倒される。洞窟独特の雰囲気もあって、地底人がいると偉い人に言われたら、素直に信じられるぐらいのものがある。前に訪れた時は幼稚園児で、今となっては記憶も写真のように場面場面でしか残っていないが、その頃とは違った感動の仕方をしてるんやろうと思う。
 秋芳洞を旅立つ頃、ようやく先輩のブルーも癒えてきたので、再び北上して今度は日本海側の萩を目指す。萩を出れば日本海側をひたすら東に走るだけだ。
 行き過ぎたり転倒があったりしたせいで、毎度のごとく時間が押し、萩は残念ながら素通りせざるを得なかった。まあ、歴史に関する場所がいろいろある町だから、今度じっくりとひとりで見て回ったほうが楽しめるかもしれない。
 国道191号線の眠くなるような流れを過ぎ、国道9号線に入るともっと流れるかと思ったらあまり変わらず、ただひたすら、延々とひたすら東へ走る。いつものように時間が押したから高速で行くなんて財布に物を言わせた作戦は、9号線沿いに高速自体が無いので使えず、気分転換で休憩ごとに先頭を変わりながら流れに身を任せて走った。先輩の転倒以来、先頭はなんとなくみんなが嫌がっている感じがするが、明らかに嫌がっていたのは先輩だったのは言うまでもない。
 日が暮れかけようとする頃、ようやく太田市街に入って突然4車線になり、そこから山のほうに折れて三瓶温泉を目指した。陽もどっぷりと沈んで、ほとんど闇が支配する時間になって、ようやく三瓶温泉に着いた。この辺りはスキー場もあって結構リゾート化しているらしく、大きなホテルもある。泊まった国民宿舎さんべ荘も、スキー客を想定したようなロッカーなんかがあって、小奇麗な宿だった。温泉の湯は、いかにも温泉ですっていう感じの茶褐色をしていて、湯船は広く、露天も付いる大きな風呂で、宿泊代からするとかなり満足感の高い宿だった。ここなら、雪質が多少悪くても滑りに来てもいいなと思った。
走行距離 328.32km

6/7
 今日はついに最終日。さすがに中国地方を一周すると、走行距離をかなり稼いだな。
 朝、やや霧がかる中、三瓶山を右に見ながら山を下っていく。ちょっと幻想的な感じがして、今度ゆっくり来たいという思いを更に強くした。
 国道9号線に出るといつもの初夏のような強い日差しが照りつけ、にわかに焼けた腕に沁みるが、雨よりはましやなと思いつつ、昨日の続きで東の出雲大社を目指した。
 出雲大社は大国主命を祀る神社で、古代に勢力を持っていた出雲の生き残りという感じが漂うほど、社域は広く大木が茂って荘厳な印象を持つ。旧暦の10月は、全国の八百万の神々がこの地に帰ってくるので、この地方では「神在月」といい、神々のいなくなる他方は「神無月」と呼ばれるというのを聞いたことがある。なるほどこの地に来れば、神々がいるような荘厳さがあって、古代に、山や海や大きな石などの超人間的な自然物を崇拝した日本人の血が流れているのを自覚するように、神聖で謙虚な気持ちになる。こればっかりは本能に近い感覚かも知れない。
 出雲大社の横にあるお土産屋さんで、自分へのお土産に勾玉を買った。自分達と同じ頃に、ツアーの団体さんが大挙して買っていて、それが去った後にお土産を買ったのだが、ツアー客はは1割引だったらしく、兄ちゃんも1割引でええわと言ってまけてくれた。ありがたい。
 出雲大社を出て、次の境港を目指して宍道湖の北岸を東へ美保関に向かって走る。途中、下校途中の高校生がいて手を振っていたので振り返したが、昼ごろに帰っているのはテスト期間中だからか。なんだか懐かしいと思うけど、テストだけはもういい。
 美保関から境水道大橋で境水道を南へ渡り、鳥取県の端っこ、境港に着いた。とりあえず駅前に行こうと思い、同期が先頭になって進んだが、1本北の道に入って漁港近くに出てしまったので引き返そうとした時、後から来た車に気付いてブレーキをかけた同期は、バランスを崩して立ちゴケしてしまった。またしても先頭でUターンという条件で。他の4人があわてて駆け寄ってバイクを起こすが、右側に倒れた彼のバイクのブレーキレバーは、向いてはいけない方向に向いてしまっていた。しかもほぼ90°の角度で。
 気を取り直して、個人的には笑いを噛み殺しながら、境港の駅へとバイクを向かわせ、ここで駐車してぶらぶらと町を散歩することにした。境港は漁港として有名で、最近では出身の水木しげるにちなんだ水木しげるロードが観光スポットらしいが、平日に来るとどこも空いている。つくづく旅行は平日だと思うけど、これだけ空いてると商店街は大丈夫かと思うぐらい空いていた。商店街のあちこちにゲゲゲの鬼太郎の銅像があり、お土産も鬼太郎関係のものが多くて、小さい割りになかなか楽しい町だった。あの非(喜)劇を除けば。
 帰りは米子道から中国道を使って一気に帰る。高速に入る前、下でガスを入れておこうと思い、入口近くのガススタンドで給油したが、ハイオクがリッター120円もした。えらい高いなと思いながら、高速のS.A.で休憩した時にガソリンの料金を見てみると、なんと同じ120円だった。高いからと思って下で入れたのに全く意味なし。
 米子道の対面交通を過ぎた後、中国道に入ってしばらく行くと、突然キレたように猛然と先輩が先頭に立って飛ばしだした。またバトルが始まったと思って先輩に続きながら横を見てみると、風除けで前傾姿勢をとっている同期のバイクのレバーが、真横のこっちをじっと見ていた。思わず噴き出しながら先輩を追ったが、それから帰るまで、頭からあの異様に曲がったレバーが頭から離れなかった。
走行距離 390.40km
合計 4日間 1316.80km

No.13
No.12 No.14