茶臼山古墳
所在地  岡山県岡山市
JR吉備津駅南西1km吉備津神社後背
最終訪問日  2008/6/20
中山御稜とも呼ばれる中山茶臼山古墳 茶臼山古墳は、他の同名の茶臼山古墳と区別する為、吉備中山にあることから中山茶臼山古墳とも呼ばれ、現地案内板では中山御陵という名で記されていた。この古墳は、第7代考霊天皇の皇子で桃太郎のモデルといわれる大吉備津彦命を葬った古墳に比定されており、宮内庁の管理下にあって立ち入りはできない。大きさは、墳長約120mで前方部長約40m、後円部径約80m、高さ約12m。
 古墳付近から西北を眺めると、鬼ヶ島にたとえられた鬼ノ城が遠望できる。御伽話を神話に当てはめると、崇神天皇の時代に、大和朝廷に従わない吉備の温羅一族の討伐を命ぜられた大吉備津彦命が、犬や猿や雉を崇拝する親大和部族の力を動員して温羅遺跡のある鬼ノ城に兵を出し、討伐に成功したということになるだろう。ただ、桃太郎伝説は愛知にも香川にもあるので、神話や歴史的事実からこの近辺がどうこうという話にはなりにくいらしい。
 吉備津神社から曲がりくねった車道で山に入り、そこから更に遊歩道の階段をひたすら登っていくと、木々に囲まれた参道の向こうに古墳が見えてくる。古墳の周りは立ち入りを制限する柵があり、古墳の周りを一周することはできないが、周辺には木陰が多く、非常に神秘的で厳かな雰囲気が漂っていた。古墳の前に立つと理由も無く歴史を感じるが、これは有史以来積み重ねられた重みだろうか。10数年ぶりの訪問だったが、若かりし頃に訪れた時と変わらない印象で、天気が悪い中、古墳の前を掃除している人がおり、こうやって粛々と古墳が守られていくのかなと思うと、妙に感慨深かった。