亀甲城 所在地 鹿児島県知覧町
知覧町役場東700m
区分 平山城
最終訪問日 2001/11/5
本丸跡に建つ知覧又四郎忠世の彰忠碑 知覧城の鹿児島方面に対する出城で、別名蜷尻城とも呼ばれるが、出城である為にその規模自体は小さい。
 城は、天然の堀として利用している麓川が眼下を洗う標高数10m程度の丘陵上にあり、頂上の本丸を中心に郭を数段配置し、それらを繋ぐように螺旋状の道があり、あまり見られない珍しい構造である。また、当時はこの台上から本城である知覧城に道が通じていたといい、とりあえず敵を押し留め、本城と蜜に連絡を取って後詰による防衛戦をするという、出城らしい構造が窺える。
 現在は観光地となっている武家屋敷群の東端に城はあり、本丸と見られる頂上の削平地には、南朝の忠臣として活躍し、正平10年(1355)の串木野城攻めで没した知覧又四郎忠世の彰忠碑が建っている。また麓川には、矢櫃橋と呼ばれる二重眼鏡橋が架かり、そのすぐ東には水車も静かに回っているので、亀の甲のようにこんもり盛り上がった古城と武家屋敷群を含めた周辺一帯は、全体的に江戸時代を偲ぶことができる長閑な風景となっている。
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